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「そうだね。でも、多分大丈夫だと思う」
『そうなのか?』
「うん、どうにかできるかもしれない」
うっかり流れで話してしまいそうになって俺は口を噤んだ。さすがに父を巻き込みたくない。
ふと、後ろめたさが湧き立った。あれだけ父を心配させておいて、俺はまた無茶をしにいこうとしている。今度こそ死ぬかもしれない。爆発事故の怪我であの慌てようだ。もし俺が死んだら父は完全に錯乱してしまうだろう。
父は能天気で、ズボラだが家族想いなのはよく知っている。母が死んだ時も、俺に見せないように隠れて泣いていた。前に住んでいたマンションで、俺が布団に入った後で1人寂しく台所で泣いていた父の背中は今でもよく覚えている。誰よりも母の死に傷つき、悲しんでいたのは父だった。
東南アジアに続いてアフリカに単身赴任が決まった時も、本当は行きたくなかったはずだ。実際父も会社相手に相当交渉したらしい。
だけど俺は父に単身赴任を薦めた。母が死んでから俺のことを気にかけている姿があまりに痛ましかったからだ。家に帰ってから家事をする父の姿は自分から進んで母の代わりを務めようとする意志があった。でも俺にはそれが自傷行為に見えた。
母が死んだことはどうしようもない事故だ。悔しいけど、悲しいけど、それは否定できない。でも父はそれを自分の責任のように思って、自責の念で自分をがんじがらめにしていた。
このままだと父が潰れてしまう。
俺は何よりもそれを恐れていた。そのためにはまず自分から動かねば。自立しなければ。
そう考えた俺は率先して家事をするようになり、父に単身赴任を受けるように勧めた。
自分でやっていけるから。大丈夫だから。
もちろん父は反対したが、俺は譲らなかった。3,4日連続で長々と話し合った後、ようやっと折れた父は単身赴任を受け入れることを決めた。ただしマンションを引っ越して俺が暮らしやすい環境を作り、仕送りをするからバイトをしなくてもいいと俺に言い含めた。父親としての意地だったのだろう。
俺にとっての1人暮らしは俺なりに母さんを喪った悲しみを克服する手段だったのかもしれない。自分で生きていける、やっていける。その証明を毎日することで、母さんがいないことの哀しみを少しでも和らげようとしていたのかもしれない。
短期留学もその延長だ。海外で仕事をしていた両親の背中を追いかけていたのもあるが、自分1人でも遠くへ行けるし、色んなことをやれるという証立てをしたかったのだろう。
そんな経緯を思い返すと、後ろめたさは一層濃くなる。
もちろんここで洗いざらい話せば終わりだ。父は必死で止めに来るだろうし、フェリシティは怒髪天だろう。最悪、ナイトクラウド家が父を標的にするかもしれない。そんな事態を避けるためにも、父に全てを言うことはできない。
―――ある種の遺言代わりと思ってくれてもいいわ
フェリシティの言葉が重くなって蘇る。これはとても大事な会話だ。俺と父の会話が最後になるかもしれない。もう話せなくなるかもしれない。
目頭が熱くなった。寂しさが募った。
覚悟をしていたつもりなのに。後から追いかけてきた現実感が俺の胸を締め付けた。
ダメだ、挫けるな。俺は必死に自分に言い聞かせる。ここで感傷と決意を秤にかけて、何もかも投げ出してどうする。
俺にだって、譲れないものが出来たんだ。自分で壊すな。
でも、せめて、少しだけでも…。
「…あのさ、父さん。色々、心配かけてゴメン」
想いを伝えられたら。
「カッコつけて短期留学したけど、散々な目にあってさ。結局金ばかりかかって、父さんに迷惑かけて…本当にごめん」
後ろ向きじゃないか。ダメだ、これじゃあ決意が鈍る。
だが、わかっていても口に出てしまった。スピーカー越しとはいえ、父を前にすれば申し訳なさばかりが胸に溢れる。
『なんだよ、急に』
面食らった父の声が上ずる。俺が泣きそうなのを堪えたので会話が途切れた。父も父で返答を考えているようで、しばらく黙っていた。
『…なぁ、和嵩』
先に切り出したのは父の方だった。
『そりゃまぁ、お前が事故にあったと聴いた時はパニックになった。何でまたこんなことに、と思ったよ。俺は呪われているんじゃないかって…絶望もした』
当たり前だ。家族を2度も失うなんて耐えられない。俺には、少なくとも。
『でもな、和嵩。もし…お前のやりたいと思ったことがまだ残っているなら、どうか捨てないでくれ。正直言うとな、もうお前にはどこにも行ってほしくない。できればアフリカにも来て欲しいし、友達との旅行も…正直不安だ。だけど、お前を縛り付けて、やりたいことを捨てさせることなんて俺にはできない。お前がお前らしく生きて、幸せになってくれたなら…それ以上にうれしいことはない』




