05
スライは焦っていた。
目の前でしたたかに地面に叩きつけられる2人――正確には3人だが頭がひとつ足りない――から先頭集団へと視線を巡らす。あの4人はあれとやりあえるだろうか。否。どれほど持つだろうか。
再び振り返る、隊列の右手側。視線の先、興奮して立ち上がる馬と、引き抜いた剣を放り出しながら馬にしがみつく男。翻る大斧が、それをまるごと血飛沫に変えるのが見えた。
飛び散る赤黒い破片。悲鳴じみた怯えの声に、驚きも意外性も感じない。仕様がなかった。あんなものと準備なしに戦える訳がない。
掌のひどい湿り気で自分が相当に焦っていることを自覚し……改めて生き延びる方法を考える。
「くそ、逃げる――」
焦りつつも、おそらくこの場合には最も真っ当な判断。それを口に出しながら再び振り返った視線の先。そこには、横たわるレイスを見下ろして立ち尽くすリューンの姿が見えた。
「おい! 何やってんだお前!」
剥き出しにした歯を噛み締めた顔がこちらに振り返った。視線は自分の背後を見ている。そんな様にもう一度息を吸い込んだ時だった。
視線の先のリューンが一瞬姿勢を下げる。刹那、数歩の助走を経たそれが、今しがたまで背に乗せていた主人を待つ馬、その背骨をへし折りながら跳躍する。
口を半開きにしながら見上げるスライの頭上を飛び越えるその表情には、憤怒がはっきりと刻まれていた。
先程2人目を屠った化け物に飛び掛かるリューンの姿を見たスライは舌打ちしながら再び視線を巡らす。
すぐ近く、泡を吹きながら地面でばたばたもがいている馬。その少し先、土の上で静かに横たわるレイス。
軽く視線を上げる。同行している大半が自分の肩越しの背後で行われている戦闘に視線を奪われている。その中で、アルメは一瞬こちらと視線を向けるとなりミデルを促し、今まさに蹂躙されるであろう先頭集団へと馬の向きを変えている。視線には恐らく指示が出ない事への苛立ちが込められていたのだろうが。
しょうがねぇだろうが、などという言葉とともに再び頭の中で思考が巡る。
既に取り付かれており全員で撤退という雰囲気ではない。単純にばらばらに逃げ出せというのであれば生き延びる者もいるだろうが、あの調子では――以前あれと事を構えた時の経験則からすれば、下手をするとあれは馬より足が速い。
しかしまともに屠るのも難しいだろう。爆裂する火球で味方ごと吹き飛ばすのは……戦略としては有効かもしれないが、下手をすると味方だけに被害が出る。そもそもそんなやり口は勘弁だが。
本当なら氷の槍などはああいった手合いには比較的有効だが、その使い手も生きているのか死んでいるのかさえわからないし、もっと言うと頭の上を飛び越えたあれを抑え込む術を失っている。
要するに。何とか倒すか追い払うしかないという事だった。
再び悪態をつきながらも息を吸い込む。
先頭の集団――馬を潰されながら辛うじて大剣の一撃を躱した青年が馬から落ちている――に顔を向ける。その先の村の方角、更にもう一匹が村の方から目をぎらつかせながら歩いてくる姿が見えた。
吸い込んだ空気が悪態に変わりそうになるのを抑え、理性が吐き捨てるような言葉を紡ぐ。
「馬を捨てろ!時間を稼げ!」
我ながら無理な注文だ。時間稼ぎというより、自分の命を守れ、の方が正しい。考える余力があるのなら、時間を稼いで何とかなるのかと思うのが関の山だろう。とは言え、自分の考え通りになってくれなければ、結局このまま全滅しかねない。
完全に動作を止めてしまっている集団の中、馬を進ませ始めた小娘の方へと叫ぶ。
「おいアルメ! あの新手一匹を足止めしろ! あの時の借りを返せ!」
返事代わりに軽く振り返った顔は、言われなくてもとでも言わんばかりに嫌そうな顔だった。
「お前らとお前ら、その子を拾って急いで本体に戻れ! 神官に治療させて一緒に戻ってこい! 絶対に死なせるな!」
手近の2組、人数にして8人。慌ててその中の一人がレイスの近くに降りるのを確認して再び振り返る。
視線の先では先程飛び掛かったリューンが……相手の首を力任せに引きちぎるところだった。
その様はとても喜べたものではないが、結果は自分の推定通りだった。囲むように見ている者たちの隙間からこちらが見えるように数歩、踏み出すのが嫌そうな馬の脚を進ませる。
「おいリューン! あっちだ!」
握っていた人間の頭を放り投げながらゆっくりと振り返るそれの目。返り血に塗れ憎悪に燃えたその表情に気圧されそうになりつつも、大きな身振りを加えて列の前方を指さして見せる。
先程潰した相手の右腕が握っていた大斧をむしり取り、冗談のような速さで駆けだしたその姿を眺めながら。
まず。一旦。ほんの少しの間だけは。生き延びた事を確信していた。
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アルメは、自分が隊列の左側に位置していたことを内心では幸運に感じていた。
本体から出発する時に大まかな話は聞いていた。恐らく敵は相当の使い手。人数は3人。
……一番大事なところが間違っていた。相当の使い手? 一目で普通ではないとわかる。あれにいきなり襲われるのでは流石に生き延びる自信がない。
しかし、それは逆に奇襲を受けるのでなければ簡単に潰される訳でもないかもしれない、という判断だった。そして全体の状況を見る。
あの馬鹿は冗談のように跳躍している。それこそ化け物か何かの様に。その連れは、その化け物の行動を飲み込んでこちらに振り返った。
なるほど。……何とかなるのだろう。
それは、かつて命を救われた礼。どうにも友人じみた付き合い。同業者のよしみ。それらの折り重なった何とも言えない感情にため息をつく。
「おいアルメ! あの新手一匹を足止めしろ! あの時の借りを返せ!」
分かっている。おもくそに嫌な顔をして見せながら、勇者様に加勢を依頼する。あの手の相手なら、うちの勇者様が一番頼りになる。それ以外にまとわりつかれても邪魔なだけだ。
「足止め? ぶっ殺そ」
「アルメ……」
「隙作る努力をするから。あれ」
「うん。無理しないでよね」
「無理しなきゃ無理でしょ」
思わず出た語呂の悪い本音で、自分が焦っていることに気付く。逆にその事実に冷静さを取り戻しつつ馬を飛び降り、ぎらつく目をにらみ返した。
悠然と歩み寄るその姿に、時間稼ぎという意味では有難いと思いつつ。視界の端で既に2人があっさりと屠られているのを認識していた。
恐らく痛みも感じなかったであろう犠牲者には申し訳ないながらも不甲斐なさを感じつつ。しかしあの金髪が狙うところ、時間稼ぎのために両腕を胸の高さで構える。
あと数歩の距離だった。あの大型の両手剣からするとあと一歩程度の距離だろうか。
軽々とそれを振り上げた男が振り出す鉄の塊が、一瞬前までアルメの肩があったあたりの空間をすり抜ける。
丁度鳩尾のあたりまで姿勢を下げ、左手に回り込むように躱した一撃。その速度はおよそ人間の振り出す速度ではなかったが、動作としては想定の範囲内ではあった。少なくとも人間の形をしている以上、その起点となる動きがない訳ではない。
腕より肩。肩より胸。胸より腰周りや視線の向き。どれだけ早くとも来る瞬間さえ把握していれば――
先程通り過ぎた刀身がさらに想定以上の速度で戻り、腰高辺りのその軌道を地面を転がるようにして躱す。
狭まる視界。想定される剣の軌道。躊躇なく、しゃがんだ体勢から右に思いきり跳ぶ。先程自分がいた地面に、冗談のように刀身が突き刺さっている。それを難なく引き抜いた男が軽く首を傾げていた。
大きく息を吸い込む。
まずい。動作の中でまともに呼吸をしている余裕もなかった。増してあの仕草。次は確実に仕留める手段を狙ってくるだろう。具体的に言うと、振りを小さくすればそれだけでいい。あれ以上の速さで振り回されたら躱し切れない。相手の頭の回転が鈍いようで助かっていただけだ。
悟られないよう、視線を下げながら勇者様の位置を確認する。
仕掛けるなら次の1合だろう。躱し続けるのが難しい以上、そこで仕留められなければ自分が潰される。
若しくは自分の手で倒すことができれば理想的だが……あの速度で獲物を振り回されては自分の距離になどまるで近づけない。
いつか、長小物を使え、などと偉そうに述べられたことを思い出しつつ。その程度の長さではとても解決できそうにない事態に心の中で悪態をついていた。
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