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04

二日後。


陽が沈み始めている頃。もう少し急げ、などという昼頃のオルビアの指示をぼんやりと思い出していた。

多少の速度の調整は普通にある事だが、徒歩の者がいる場合にはその振れ幅は少ない。今回の様に荷物が多い場合は特に。

その急げの根拠はと言えば、遠くで薄く立ち上る煙までの距離から察する限りもう少し急がないと次の村に日没までに着けないという話であり、結局のところ辿り着いたとしても野宿をする大半の面々にとってはそこまで関係のない話だった。何もない野宿よりはある程度境界のある村の中の方が落ち着くというのもまた事実ではあったが。


「こりゃあ日が暮れるな」

「そうですねぇ。あまり何もない所で野営をしたい雰囲気ではないです」

「何が出てくるのかはわからないが、その何かが出てくるかもしれない。出来れば昼間がいい」

「……そうですね」

その何かとやりあう前提の言葉に、一瞬答えを躊躇したらしい。

そんなやり取りをしていた時だった。




道なりに軽く曲がった列の先。視線の通らないその先頭を進んでいた筈の一人の男が駆けてくる。

すぐ近くのスライが、一度こちらに視線を向けながら馬から飛び降りた。


「どうした?」

「スライさん、大変です。先の村が襲われてるとかで、逃げてきた子供が――」

「オレンブルクの軍か?」

「いや、そういう話でもないらしいんすよ。ちょ、とにかく一回来てもらえません?」


「……。」

「何ぼんやりしてんだよ。お前も来いよ」

「だよな」

「だよなー、じゃねぇよ」

呆れ顔を見せたスライが早足で列の中を進み始めるのを眺めながら、レイスを今またがっている馬から降ろした。


「レイス。オルビアに馬を少し集めるように言っておいてくれ。多分必要になるけれど数はわからない。何頭出せるかも聞ければ助かる」

余計な話をするのではなかった、とでも言いたげな顔で頷くレイスから視線を外し自分もスライの後を追うように、馬の腹を軽く蹴る。


「ちょっとちょっと、どうしたの?」

幾分も進まないあたりで、小生意気な小娘が馬に駆け寄ってきた。


「わからん。俺たちと一緒に先行……いや。なんでもない」

「はぁ?」

こいつらを連れて行くと決めている訳ではない。その辺りの人選はスライの方がうまくやるだろう。

なおもついてこようとするアルメ。その後ろのミデルに顔を向ける。

「とりあえず待ってろ。ミデル、そいつ抑えとけ」

「抑え、って……」

その言葉で足を止めたアルメからも視線を外し、再びスライの後を追う。




結局スライから少し遅れて至った列の先頭。

先頭集団に居た様子の若い剣士が座っており、その隣、肩を軽くつかむようにして年の頃が恐らく10歳にも満たない程度の男の子がしゃがみこんでいる。逃げてきた子供、というのは彼の事だろう。現れた図体の大きな二人の姿に、子供が目を見開きながら立ち上がった。


「助けて! 早く! みんなやられちゃう」

その必死の形相の前にスライが慌ててしゃがみこむ。


「何があった? 兵士か? 魔物か?」

彼が逃げてきた起点となった村はここからそう遠くはない。事と次第によっては間に合うかもしれないし、逆に間に合わない――この子には悪いが今すぐ自分たちも退散する必要がある可能性だってある。そもそも今回の立ち位置は護衛であり、それを踏まえても立場上戦うべきかもしれないが……しかし非戦闘員を多分に抱えた今の状況でやりあうのは気がすすまない。


「……ない」

「?」

「わからない」

「あー。えっとだな。今どうなっているかで――」

「敵は。敵は3人だけだけど、北から来た人たちもみんなやられてて、こっちに逃げれば味方が来ているから助けを呼んでほしいって……」

さっぱりわからない、という表情でこちらに振り向いたスライに、同じような表情をして見せる。ついでに言うと、この子自身も詳細はわかっていないという事なのだろうか。


「じゃあ……だな。要するに敵は人間で3人。オレンブルクから来ていた奴らがそいつと戦ったが、歯が立たなかった。ここまではいいな?」

下唇をかんだまま無言で頷く少年にスライが言葉を続ける。


「オレンブルクから来ていた奴らってのは何人くらいだ? 10人くらいか?」

「もっと多かった」

「走って逃げてきたんだな。ここまでどれくらいかかった?」

「そんなに遠くない! 助けを呼べって言ってたお姉さんも、多分もう近くにいるはずだからって言って……本当にいた」

一瞬の間の後。スライが振り向きながら立ち上がる。


「30人って所でいいか? 騎士殿」

「オルビアに馬を用意するよう伝えてきた。連れてくる間に面子を決めてくれ」

「わかった任せろ。間に合うと思うか?」

……それは今ここで口に出すべき質問ではないだろう。しまったというような表情のスライの後ろ、こちらを見上げた少年の姿が目の端に映る。


「出来るだけの事はする」

言い捨てながら、自分が乗ってきた馬に飛び乗った。








馬の荒い吐息。手綱を掴む両腕のなか、レイスはやはり気が進まないらしく言葉が少ない。舌を噛みかねないという事もあるが、それだけではないだろう。

俺も分かっている。あまり危険な橋を渡るべきではない。言い訳がましいが、この人数を引き連れて偵察だけの往復になっても構わないと考えていた。その為に無理を言って人数分の馬を攫ってきたのだ。


それほど道幅は広くない。

前に4人の組が4つ。その中では一際見慣れた小娘の後ろ姿に一瞥しつつ懸命に考える。

敵は3人。言い口からしてまず間違いなく人間だろう。人型の魔物も多いが、流石にそこを間違えることはないはずだ。

そして、オレンブルクから来ているという人間のこと。聞く限り人数が少ないが、商隊の護衛の関係であることは間違いないだろう。

場合によってはいま率いているこの商隊を狙う何かしらなのかもしれないが、それにしては人数が少ない。それこそ偵察という可能性もあり得なくはないが……それが凄腕の誰かに殺害されており、その助けを俺たちに求めるという状況は、流石に理解が追いつかなかった。

或いはこれは陽動で、俺たちが残してきた本隊を狙う誰かがこの道を迂回して……しかしあの子が言う所のオレンブルクの人間たちはその陽動のための犠牲という事になる。それも話としては理解に苦しむ。あの子供も嘘を言っている風ではなかった。

隣の馬上のスライも色々な場合を頭の中で考えているらしく、言葉をかけてくることもない。そんな間に、もう目的地はすぐそこだった。


「様子を見て危なそうなら撤退だ。前衛もいる。俺の出番はない」

「だといいんですが」

即座に返る声は、不満というよりは不安に満ちたものだった。


「遅かれ早かれ商隊と一緒に通ることになる。先に偵察を――」

「スライさん!」

先頭の馬に乗っていた青年が、静まり返った村への到着を告げる。

道幅も広がりつつある。全体として隊列を広げつつ速度を落として村への距離を詰める。これが戦闘の真っ最中であれば、絵本か何かの様に駆け足のまま突っ込むという選択肢もあったのかもしれないが。


そして。あと何度か息を吐けば村の柵に辿り着こうという時だった。柵の向こう、いい加減な納屋の陰からふらりと人影が姿を現した。

どす黒く汚れた、ひどくぼろぼろの服。ぼさぼさの髪と髭。仮に数か月の間、森の中でも彷徨えばああいった風体になるだろう。

そして右手にぶら下げた大型の剣は、片手では振り回すのが困難な成りの代物だった。それを片手で軽々と肩にかけながら……薄汚れた髪の中、ぎらりと光る眼がこちらを嘗め回すように動くのが見えた。


思わずぞくりと背筋が寒くなる感触を覚えた。あれには気分が悪い程度の見覚えがある。

見捨てられ皆殺しにされた、狂化したオレンブルクの兵。そして破壊衝動に支配された自分自身。要するに、そういった存在だ。こんな奴らがここに居る理由も目的もさっぱりわからなかった。

共鳴とでもいうのだろうか。早まる鼓動と吹き出す汗。自分の判断が正常かどうかの自信を無くしつつ、しかし大きく息を吸い込む。

こんな奴らとやりあうべきではない。馬で来たのは正しかった。前衛向けの戦闘員だけで来たのは正解だった。馬の扱いもそう下手なものはいないだろう。すぐに踵を返して――


「3人だ! どこかにまだいる!」

村のどこからか響く、上ずった怒鳴り声。それは、彼らの仲間に向けたものなのか、俺たちに向けたものなのか。否。それはどう考えても俺たちに向けられた注意喚起のものだった。彼らは壊滅しつつも息を潜めている。居場所を明らかにする必要などない。

のろのろと回る思考。判断を仰ぐためだろう、先頭の青年がこちらを覗き込んでいる。


「おい、逃げるってことでいいのかっ!?」

すぐ右手からの焦りが含まれた声。先頭の青年の肩越しに、冗談のような速さでこちらに駆けてくる化け物の姿が見える。


「撤退するぞ」

やっと口から出た声がまるで他人の物のように聞こえる。

こちらを見上げる見開かれた右目。少し戻った理性に再び吸い込む息。それを吐き出そうとした瞬間だった。


反射的に腕の中の彼女を抱え込む。視界の右の端。何か大きなもの――具体的に言えば、今同行している仲間の一人の頭が潰れた死体――がこちらへ飛来していた。

激しい衝撃になすすべなく馬上から吹き飛ばされた土の上、一度回った視界が止まった。

腕の中でぐったりしているレイスの顔。乾いた土。


その先のことは、よく覚えていない。


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