03
何の変哲もない道をひたすら行く。
いつもこの道を行くときは急ぎ足だった。別に今回も時間をかけるべきではないのだろうが、眠る時間も惜しみながら馬の横腹を蹴る必要は感じない。そもそも――
「歩きが混じってる時点で無理して急ぐことなんてできないしな」
「その通りでしょうけど。どうかしたんですか?」
腕の中で怪訝な顔が振り返る。
「あぁいや、なんて言うか。護衛でただ進むだけなんてのは……」
「またそんなこと言って。行方不明の人が出ているっていう区域も近いですよ?」
無理やり引き締めた顔と呆れ顔。視界の先には長蛇の列。
この人数全員を本当に一人残らず行方不明にするには、それこそ正規軍のいくつかの旅団でも連れてこないと無理だろう。そして、その行為に何か意味があるとは到底思えなかった。
欠伸を噛み殺す俺の胸に、レイスが後頭部を軽く打ち付ける。
それに大丈夫だって、などという軽口を返しながら――再び出てくる欠伸を飲み込んだ。
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場面をリューンたちの遥か北へと移す。
この場合の北というのは、その彼らの目的地であり、国境であり、商人たちの交換地点であり、そして、北からの護衛達が待機する場所でもあった。
そして正規軍であれば踏み越す事に若干の躊躇を感じるであろう国境を無言で超える十数人ほどの男女。
彼らもまた所謂冒険者であり、護衛であり、今回の件でやがてここへ至るクラストからの一団と同じ役割を担う者たち……の一部だった。
先頭を行く若い大柄な男が振り返る。
「一応だけど。国境を越えた。警戒しろよ?」
数人の返事を聞きながら、再び男は歩き出す。
彼らは国境から二日ほど北上した位置にある村で待機する商隊から、使節じみた役割で出張っている者たちであった。恐らくは出発が遅れるクラスト側の人間と途中で接触できれば同行し、先に国境間近の村に辿り着くようであれば言伝を置いていく。そんな役割を言伝用の書簡と共に携え、ただひたすら他国の地を歩む。
しかし言葉の上では他国と言えど、この中の数人は以前クラスト領内に居た事もある。そもそも正規軍でも何でもない彼らにとって、国境などという概念はあくまで仕事の上での話でもあった。
先頭の男。厚手の皮鎧を身に着け、腰からは両手でも扱える柄の長い剣を釣っている。そのすぐ後を歩く、軽量な皮鎧と長弓を肩にかけた男が口を開く。
「警戒も何も。俺はツイてなかった、なんて思うことにならないよう祈ってる」
「あのな。何回も言うけど、この人数だぜ? 一人も逃さず全滅なんてのは、軍隊連れてこなきゃあ無理だろ? その軍隊に、俺たちを狙う意味なんてあるか?」
「だから俺は言ってるだろ。多分、魔物の群れだって」
「実はクラストの連中がやってたって話で、それこそ「仮面の黒騎士」様みたいに全滅とか――」
何度繰り返されたかわからない推測を女の声が遮る。
「確か村まではそう遠くない。明後日くらいには屋根がある所で眠れるんじゃないか?」
女の名はリュベル・クロンシュタット。以前、騎士としてこの付近を部隊を率いて進軍し、最終的に捕虜となった女。偽名であるリークという言葉の交じる相槌を聞き流しつつ、感傷じみた感覚とともに身に着けている物に軽く視線を巡らせた。
金属製の胸当て。安物ではあるものの今のところ具合はいい。腰に釣った長剣は片刃で切れ味が鋭い。以前ぶら下げていた物干し竿と比べるまでもないが――魔力の通った鎧に頼らなければ、自分の腕力で扱えるのはこの程度だった。全体的に煤けた印象の服もあり、相当観察しなければ以前この場所を通ったころの自分と同人物だとはわからないだろう。尤も、あの頃は常に甲冑の面を下ろしていたのだが。
かつてと同じような視界を求め、顔に掌を当てて指の隙間から世界を眺める。
細い隙間から、先頭の男がいぶかしげな顔をして振り返るのを見て、何でもない、とでもいうように首を振って見せた。
今までの大半の時間と同じように、無言で道のりだけを眺める時間が過ぎる。今までの警戒に何ら意味はなく、同じように訪れる日暮れとともに野営の準備を進めていた。
特に取られるような荷は預かっていないが、流石にこの状況であればまともな見張りはする。夜半の交代で体を揺すり起こされ、少し朦朧としたままで手近な立木の根元に座り込んだ。近くにいたもう一人の男――先程から一団の2人目を歩いていた比較的経験の深い弓使い――が、さして興味もなさそうな声色で話しかけてくる。
「そういや。あんたは来ると思うか?」
来るか。それは襲撃者のことだろうか。それとも、フライベルグという者の事だろうか。
補足すれば。自分の率いた部隊を壊滅させ、姉を殺害したもの。……争いの最中に自分を助命し、捕虜たちの遺志を託し、傭兵団に王都までの道を送らせたもの。
今回の護衛に当人も同行するかもしれないという事と共にまことしやかに流れた噂。その首には金貨30枚の懸賞が掛かっているという。
返らない答えに、弓使いが言葉を続ける。
「もし単独行動しているような機会があるならこの人数でも――」
どうやら後者だったらしい。余計に沈み込む思考に声色は上がらない。
「それはどうだか。相当のやり手だと聞いている。賞金だ何だとか聞いてはいるが、命の方が大事だ」
「へぇ。あんたこそ結構やり手だって聞いたけど。 3人相手に1人で切り捨てたって噂聞いたぜ? 魔物相手より人間相手の方が得意なんだろ? あんたも一緒なら掛かって倒せない事もねぇと思うけど」
「……普通の人間なら。どっちにしたって、気が進まない」
言葉通りの気乗りしない声色に、問いは続かなかった。仲間が欲しかったのだろうが諦めたのだろう。
改めて見張りに集中しつつ、内心で繰り返す先程の問い。
人間? 自らが対峙した時の姿を一瞬思い出し、手のひらに滲む汗を肩口の服で拭う。話す限りは極めて冷静であり、むしろ正規軍の何かしらの役職についていてもいいような人格にも思える。
しかし戦いの最中のあれはもはや人間ではない。何人かで掛かって、などという大雑把な策で打ち取れる相手だとは到底思えなかった。
フライベルグ。かつて、自分を王都まで送り届けた傭兵団の者にしつこく食い下がり聞き出した名。彼に託された兵たちの家族への言伝は依頼通り届けた。
手段はその際の指示通り、冒険者となり護衛として国を渡るという方法だったが……後から考えれば、それくらいしか自分がその目的を果たせる方法もなく、正解がわかっていたのは助かったと言わざるを得ないだろう。
何れにせよ。冒険者として何とか食いつないでいるところへ、クラストのパドルアとの間の交易の護衛という依頼を見かけそこに同行する事となった。
正直、あまり食指は働かなかったが、結局同行するに至った理由はいくつかあった。
故郷を巡る際に手に入れた、魔術に関わるいくつかの情報。真贋は兎も角、もし顔を合わせる事があればその信憑性も含めて伝える事が出来れば、礼として十分だろう。
本音を言えば、部下たちや姉の仇が取れるような機会があれば有難い。しかしその結果再び争いが起こるなどということになれば、何の意味もなかった彼らの死をさらに冒涜する行為になるかもしれない。
或いは改めて決闘でも申し込めば……既にどこの馬の骨ともわからなくなったものと騎士が決闘などする道理があるだろうか。
叶うこともなく、叶えるべきでもない、という結論に至った敵討ちの妄想に小さく口の端を歪ませる。
今回同行している者は、機会さえあれば賞金を狙うだろう。それが成功した結果ふたたび争いが起ころうと、冒険者などという立場からすればあまり関係もない話であり、それを狙うのは当然と言えば当然だった。別にそれを体を張って防ごうとは思わないが、しかしそうならないように立ち回りたいというのもまた本音だった。
歩みを進める一団。彼らの思惑がみな同じである必要はない。結果からしてもそれはやはり必要のない話だった。
誰もがそんな事は知る由もなく、しかしそれをやり過ごすことも出来ない早さで歩みを進めていた。
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