06
スライは、ごっ、などという本来有り得ない音と共にリューンが疾走する姿を見つめていた。取り戻しつつある冷静さは、次の危険に警鐘を鳴らしている。
体を異様に前傾させて地を蹴るリューンが先頭集団に至るまでに既に2人が犠牲となっていた。そして3人目。捨て鉢になり左手の小型盾を放り投げた中年の男が、刀身の横腹で叩き潰されかけた時だった。大きく軌道を変えた大剣が、飛来した大斧を跳ね飛ばす。
直後、尻もちをついて慌てて後ずさりする男の前に、異様な光景が展開されていた。
数歩の距離を介し、大剣が嵐のように振り回されている。
禍々しさ。荒々しさ。浮かべた恍惚にも似た表情と憤怒に染まったそれ。振り回される大剣とそれを力任せの打撃で軌道を逸らし続ける両の拳。ばきんばきんなどという鍛冶仕事のような音と激しく散る火花。
大きく軌道が外れた大剣の半径に小手が一歩踏み込み、次の一撃で押し返される。
それは、例えるのなら神話に謡われるような光景であった。人の身の介在を許さないというただ一点のみに於いて。何れにせよ、その場にいる誰からしても加勢など到底考えられる話ではなかった。
しかし一対一の殺し合いでの均衡が、神話のように永劫に続く筈などない。
小枝か何かのような速度で行き来している大剣は、幾度となく火花を散らす間にその形を著しく変形させていた。
それはおそらく6合目あたり。いよいよ形を保てなくなった大剣、その中腹を拳が打ち上げた。根元からへし折れた大雑把な刀身は鈍い音と共に明後日の方向へと飛んで行き、その迷惑な飛来物に樹木がへし折れるばきばきという音が響く。
一際大きく爆ぜる光を潜るように詰められた間合い。リューンの変形しつつある右拳が脇腹の肉を吹き飛ばし、崩れた態勢の男をそのまま押し倒して馬乗りになる。
押し倒された男の目に最後に映ったのは、拳を振り下ろす同類の姿だった。
――直後。一際低い音が響く。
スライは飛び散る脳漿から目を逸らした。それを見たくないとか、そんな仕様もない理由ではない。逸らされた視線は残りもう一つの戦場へと向けられていた。
そもそも。とりあえずは予想通りに事が運びつつあるのは既に理解しており、次の懸念は損害をいかに少なくするかである。その上で。
その更に次の懸念に備えなくてはならない。
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もう少しだけ。そんな言葉を思い浮かべつつ、アルメは半歩左に移動する。
別に完璧を求めている訳ではなかったが……失敗は出来ない。それは完璧に少しでも近づけるしかない。
再び振り回される大剣を体をひねりながらの跳躍で何とか躱して着地した。しかし行き去った最早鉄板のような大剣が、冗談のような速さで切り返されるのが目の端に映る。
姿勢を整える事さえ叶わないその間、必死に回る思考の中身は、大剣の次の軌道の事だけだった。
「はっ」
想定したその軌道に備えて足が再び地を離れる瞬間。ぞくりとするような感覚に、急激に跳躍の方向を真後ろへと変える。直後、自分が舞っている筈だった空間――つまり目の前――を、大剣が通り抜けた。
思わず舌打ちしつつ、しかし次の一手に備え姿勢を下げる。
次の一手。それは次の軌道をどうやって躱すとかそういった話ではない。どのようにこいつの息の根を止めてやるか、だった。
踏み出される一歩に合わせ、その場で姿勢を整える。
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ミデルは冗談のように跳ね回るアルメの姿をただ眺めていた。正確には機を窺っていたのだが、傍から見ればそうだったと言った方が正しい。
何れにせよ、彼女の見立ては今までそう間違った事は無い。それを踏まえて自分で判断した場合も、その結果は正しかった。何しろ自分も彼女も今まで生きている。
そして彼女はその瞬間を自分に任せた。……任された自分は。
アルメが無理矢理に体をよじりながら後方へと飛び退った瞬間。軽く息を吸い込みながら腰から奇妙な模様の描かれたやたらと短い刀身を抜き放ち、右のわき腹に構えた。視界の端でスライが馬上で小さく杖を振るのが見える。目の前の光景から、自分たちの意図は理解しているらしい。
小さく唇を動かしつつ、両手から瞬発的に魔力を注ぎ込む。練習を重ねた動作には寸分の狂いもなかった。さんざ繰り返された動作の続きを、そのままの姿勢で待つ。
その瞬間。それは具体的にはスライの手から放たれた細い炎のつぶてが、アルメへ肉薄せんとする男の足元で目晦ましじみた光を放ち、一瞬きほどの後だった。
刹那。残念ながら鋭いとも言えない突きの動作と共に、その手に握られた奇妙な剣の刀身が、およそ剣とは言えない長さへと爆発的な速さで伸ばされていた。
動作としての突き。そして、魔法剣と呼ばれる魔術で刀身を生成する技術。その両者が重なった青白い先端が、おそらくは大弓から放たれた矢に近い速度で突き出される。
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次で叩き潰す。恐らくはそういったつもりでこちらへ踏み出したのであろう男の一歩。その足元で小さな閃光が爆ぜる。その一歩を止められる筈もなくただ派手に舞い散る火の粉。過ぎ去った事実を比べる術などないが、恐らくはその動作が少しは緩慢になった瞬間。
青白い閃光が男の肩口を打ち抜いていた。
危ない所だったというのが正直だし余計な茶々も入ったが予定通り。アルメはそんなことを考えつつ、ぶっ殺そう、などと口にしていたことを思い出す。
肉を断ち割るような重い音。男の右腕とそこに握られた大剣が地に落ちる湿った音。
状況を理解しようとでもしているのだろう、右腕があったはずの空間に軽く首を向ける男。それを見ながら、右の小手に取り付けていた杭の留め金を外す。流石にこいつで心臓をぶち抜くなりすれば生きてはいないだろう。
頭の中に巡る幾つかの算段は最終的にすべて、こいつを男に突き立てるという結論で締めくくられていた。その3番目に沿い、右の腰の後ろの小ぶりな片手剣を手を掛けつつ低い姿勢で一歩を踏み出した、その時だった。
目の前の男の胸から、派手な血飛沫と共に何かの塊が飛び出した。
悪い冗談のように飛び散った人間の中身が、体のあちこちに赤黒い斑点を作る。飛び出したものがリューンの拳だと理解するのに一瞬の時間を要し……そしてその一瞬に、おそらくは逆の拳が鉄槌のように男の後頭部に振り下ろされる。
先程までとは対照的な静寂の中。
変形した頭を肩口に埋め込んだ不細工な死体が目の前に跪いているのを、ただ眺めていた。




