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02

完全に陽が落ちてからどれほど経っただろうか。ゆらゆらと揺れる炎。先が見通せない木立の連続に、揺れる影がぼんやりと踊る。

近くで静かに寝息を立てるレイス……とオルビア。後者は横になる前に他所にしろとも言ったのだが「経験則からお前が野営している近くが一番安全だ」などと言って勝手に眠り始めた。

立場を考えれば見張りに参加する必要はない。だが客扱いされるのも癪であり、何より勘が鈍る気がしてしまい、正規の見張りとは別で勝手に気を張っていた。


勿論、勘が鈍るとかそういう話以外にも目的があった。

先程見張りの順番などの指示を終えて戻ったスライ。ライネは現れず、昼間の話の続きをするつもりだったのだが。それが出来ない原因である小うるさい来客に、ため息を吐き出していた。




「ちょっと。あんたこれ要らないって返したって本当?」

やたらと不躾な小娘の声に、そうだな、などと溜め息そのままの返事を返す。

その小娘の右手には、以前俺が武器店の店主から試作品として受け取った怪しげな武器がぶら下がっている。


「何でいらないなんて結論になったのよ。これ結構、具合いいと思うんだけど」

「そんなもの着けていたら気になって思いきり殴れない。それに……刺さったら抜けない」

「抜けない? あんた、いつもどんだけ固い相手と戦ってんの。鉄板鎧とか?」

「いや、丸太とか」

「そんな相手、いるかっつーの!」

いい加減な答えに返る若干悲鳴じみたアルメの声。隣のミデル、そしてやはり話を折られたスライもが吹き出している。


「真面目な話、俺には合わなかったって話だ。お前には合うかもしれないから渡されたんじゃないのか? というか、いつの間にあの店通うようになったんだよ」

「住んでるところから丁度いい距離だし、小手からあんたの話になっただけ」

「そうか。実際、それを扱うのは俺よりお前の方が向いてる気がする。試しにその辺の木でも殴ってみるといい」

「抜けなくなるでしょうが。生木だし」

「そうだな。」

「……。」

「いざ刺さったときの具合もわからんだろうが。暇なときにでも試しとけ」

指示するような言い方に思いきり嫌な顔で返事をしたアルメは、話の邪魔してすみませんでした、などと謝るミデルを引き連れて一つ先の集団の中へと戻っていく。

その背中が見えなくなった所で、再びスライの方へと顔を向けた。


「さて。本題に入るか」

「お前の弟子は威勢がいいな。けどありゃ、実戦じゃあ扱いづらそうだ」

「弟子じゃない。まぁ、あいつはうまく扱うだろ。俺より間違いなく器用だ」

「そりゃそうだな。お前は力任せに――」


「スライ?」

「……。」

「本題でいいか?」

「あぁ」


「聞きたいんだが。ライネのことは?」

「また本題もいい所にいきなり来るな」

「しょうがないだろ」

「なんつーか。いい友達だよな」


「……。」

「わかったって。正直いうと、悪くないと思っている。気立てはいいし、お前は知らないかもしれないが、意外とてきぱき話したりもするんだぜ?」

「そりゃあ確かに意外だが。じゃあリーザが嫌じゃなければそれでいいって話で済みか?」

「あぁ。えぇとだな」

「ミネルヴか?」

「……まぁ。それもある」

ヴァンゼル家の中で彼女なりの目的を胸に戦い、当時の理由は兎も角として俺を徴用した当人。そして彼が心配していると聞いていた幼馴染。その顔を思い浮かべる。

こいつと二人の時は、レイスは兎も角、少なくとも俺には向けないような柔らかい笑顔でも見せるのだろうか。


「この話が済んだら折り入って相談が、なんて書簡でも送ってみるか」

「お前よ。多分、話は聞くが自分で王都まで来いって言われんぞ」

「じゃあ行くか。一回顔を合わせれば解決するのかはわからないが。手紙のやり取りとかしてないのか?」

「まぁ時々だな。……お前はあいつ、ミネルヴを見ろって思ってんのか?」


「いや。結論が出て走り始めてから、やっぱり無し、とは言えないだろ。まだ悩んだ方がいいんじゃないかと思う。それに、ミネルヴが同じだけお前の事を気にかけているのかも俺にはわからん」

「また言いづらそうなことをあっさり言うよな」

「そういう話は苦手だから思ったことをそのまま話してる。最終的にはお前が選ぶ所だろうし、参考になるかどうかって所だな。あと、リーザの事はまるで分からん」

「こりゃ相談する相手を間違えたな」

苦笑いして見せるスライに、やはり苦笑して返す。


「真面目な話、俺はレイスの事だってミリアの事だってさんざ時間をかけて、何が正解なのかなんて事をひたすら考え込んだ。そんなこと、その時にならなきゃ分からないのに。けれどその所為で、もう迷わないし今は幸福だと思っている」

「確かにやたらと考え込んでたな。王都に向かう時とか、ほんとこいつ大丈夫かよって思ったぜ?」

「あれは……大丈夫じゃあなかった。いや本当に、有難かったというか何と言うか」

「あのなりの相手に突然殴りかかるとか、流石に冗談だろって思ったぜ」

今でこそ笑って話してはいるが、俺もスライもあの時はまた違った真剣な表情だっただろう。

スライがグラニスさんを連れて来てくれなかったら、俺はこの世にいなかったか牢の中だ。今更改めて礼を口に出したりはしないが……できる助力はしないといけない。当人は金銭や役職を求めていないあたりが非常に難しい所なのだが。

結局、彼にとって価値があるかはわからないが、自分が感じる事を必死に言葉に綴る。


「ちょうどあの頃は立場が良くなった時期だった。損得なんかも除外して自分で結論づけられて良かったと思ってる。二人ともひどく待たせた点については悪い事をしたと思っているが」

「あぁ、収まる所に収まった奴は余裕が違ぇなぁ」

「何言ってんだ、余裕なんてないだろ。これ見てくれよ」

「レイスちゃんも言ってたが、今のお前には必要だろうな」

「これだけじゃなくて。ついでに、下にも名前彫る話になる所だった」

手首を見せながら、傍らで静かに寝息を立てるレイスに視線を落とすと……瞼が小さく動いたような気がした。


「あんだよ、下も拘束しとけよ。これ以上お前の家が女だらけになるのは納得いかねぇ」

「お前が結婚することになったら、名前を彫れって進言してやるからな」

「そりゃお前……本当にやめろ」

弱々しくなった炎に照らされたスライの心底嫌そうな顔。それを見て、彼女らに見せた自分の反応が当然であることを確認しつつ。


「リーザの方は、戻ったら様子を見に飯でも食べに行かせてくれ。何か思う所があれば……あぁいや、家なら俺だけじゃなくて皆の意見も聞けるから、来てもらった方がいいかもしれない」

「わーかった。確かにお前だけじゃあ参考にならねぇ」

再びの苦笑いと薄い欠伸。

通りの店で食事をとりながら話し込んでいるような、まるで用をなさない見張りはもう十分だろう。


「……寝るか」

「そうだな」

「まだ日にちもある。何か思い至る所があったら言うようにする」

「おう、頼む」

かったるそうに立ち上がったスライは、伸びをしながら辺りを見渡して横になった。それを眺めながら、自分もレイスの隣に横になる。

薪を足されない焚火は既に炎を発していない。芯の部分が赤く光るのを見慣れた黒髪越しに眺めつつ、息を吐き出しながら静かに瞼を閉じた。


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