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01

馬上。揺れる視界の中、舟を漕ぎ始めた腕の中のレイスをかるく肘でつつく。

当然と言えば当然なのだが、極めて平和な道のりだった。

以前、この道を傭兵団と共に進んだことがあった。頭数ではその時とそう変わらないのではないのだろうか。そんな大所帯にちょっかいをかける者などいる訳もなく、目的地の国境は遥か先だ。

自分も欠伸を噛み殺しつつ、辺りに視線を巡らす。


少し離れた所で、だらだらとした素振りで歩くアルメの背中を叩くミデルが見えた。

振り返る。馬車の手綱を握ったオルビアが、ちゃんと前を見ろとでもいうように不機嫌そうな顔をして見せる。言葉通り視線を戻す途中、隣の馬上のスライがわざとらしい位の大きな欠伸を吐き出しているのが見えた。


スライは元々、今回の仕事を請けるつもりはなかったらしい。

出発までに間が開きすぎたせいで連絡がつかなくなっている冒険者が複数人が出ていることや、たまたまオルビアがギルドに現れた時にちょうど最高のランク6への変更の簡単な手続きで居合わせてしまったこと――主に後者が原因らしいが――で、人数合わせのために参加させられたと聞いている。低ランクの欠員7人分に対し、彼と滑り込みの弓使いが補填されたのだが、当然というかなんというか。報酬は7倍出る訳ではない。

ついでに言うと。ライネもこの行列の中のどこかの馬車に乗り込んでいるらしい。アレンがどういった理由で指示したのかは知らない。恐らくは監視だろうが、しっかりと護衛の一員としての報酬も取るのだろう。

何れにせよ、見知った顔が多い方がこちらとしても――


「……騎士どのよぉ。これからもこういう時にちょくちょく声かかんのかよ」

「かもな。最高ランクなんだろ?」

「報酬変わらねぇのに何人分も働けるかっつの」

そのあたりのさじ加減は俺ではなくヴェツラがしているのだろう。実務を取り仕切る者に文句を言うか、それともこの大柄な魔術師に諦めろと言うか。


「まぁそうだよな。戻ったらヴェツラさんに手の空き具合とか、聞いてみる。急な話がこれからもあるのかは俺にはわからん」

「……なに真面目な返答してんだよ」

「なんだよそりゃ」


「リーザさんのお誕生日のお祝いをするつもりだったんですって」

レイスの小声。不貞腐れたような態度への補足説明を聞きながら、もういいとでも言いだしそうなスライの方へ馬を寄せる。


「けどな。もしギルドから声がかからなかったとしても俺が声を掛けに行っていた。こういう荒事があるかもしれない場では、少なくとも俺は一番頼りにしている」

「……。」

「ついでに言うと、ライネも――」

「あー……」

ひどく困ったような顔で髪をがしがしとやりながら、変な声をあげている。


「何だよ。気持ち悪いからやめろとか言うなよ?」

「うるせぇ。気持ちわりぃからやめろ。あとあいつの話もやめろ」

「……。」

「黙るんじゃねぇよ」

「なんだよ。やたら注文が多いな」

スライには珍しい理不尽な要求に、腕の中のレイスの表情も完全に様子を窺うそれになっている。


「あー。こんな時に話すような話じゃねえんだろうけどよぉ。この間、家にライネが来た」

「なんだ急に。えぇと。少し意外だけれど進展してるのか?」

レイスの目が好奇心で輝くのを見ながら、相槌を返す。


「いや。レイスちゃんには悪いが別に何もねぇな。けどそこからリーザの様子がおかしい。なんだか余所余所しいというか」

急激に興味を失ったらしく腕の中で背中を丸めるレイスを再び軽く肘でつつく。


「なんだよ。嫉妬とか……それはちょっと違うか」

「いやいやそうじゃねぇな。俺が思うに――」

「おいリューン!そろそろ一度休憩を入れるぞ!」

見事に話の腰を折られたスライが恨めし気に声の主、オルビアの方へと振り返っていた。当人は何が不満だ?とでも言いたげな顔をしていたが。


「で。多分だな――」

先頭までの伝令を出し、戻るまでの間にスライが極めて簡略な説明を続ける。リーザは自分たちの存在が、スライのそういった色恋沙汰を遠慮させているとでも考えているのでは、という話だった。ついでに言うと、まだ子供とはいえ彼の家では最年長の彼女としては複雑な感情もあるのだろう。そこにある感情のすべてなど当然知る由もないが。


「確かにいま話す内容じゃあなさそうだ」

「え。」

「……お前よぉ」

二人分の若干呆れたような視線に、夜にでも落ち着いて話すべき、などと機会を改めたい意思表示をしつつゆっくりと手綱を引く。


簡単な食事を腹に入れつつ。

わざわざ後列の馬車からここまで出張り、何とも言えない表情のスライの隣に座り込むライネ。何か悩みがあるなら力になりたい、などと述べているのを見かねたレイスが助け舟を出しに行く。

すっかり当人がいう所の失敗から立ち直った様子の小さな背中を眺めつつ。

この大所帯を考えれば当然ではあるものの、出発までは結局中一日を要したため、いつもと変わらない日常だった昨日をぼんやりと思い出していた。







家からはそう離れていない比較的裕福な居住区。陽当たりのいい石畳を隣のミリアと合わせるようにゆっくりと歩いていた。

出歩く目的も特になく、取り立てて何か言葉を交わすでもなく。ミリアの生家であるリンダウ家の前で一度立ち止まると、今はいいかな、という少し久々の声に頷いて再びゆっくりと歩き出す。

いつか大トカゲに背を向けて彼女が全力で駆けた通りを過ぎ、こなれた商店が立ち並ぶあたりに差し掛かった。


「なぁミリア」

「うん?」

「将来の夢とか」

「……は?」

思いきり変な顔をして立ち止まった彼女の隣へ、半歩戻る。


「いや、特に意味はないけれど。将来の夢とかそういうのはあったのか、と」

「こりゃまた唐突だねぇ」

絡められた彼女の左腕。再びゆっくりと歩き出す。


「例えば花屋とか。……所謂騎士様とか」

「先生さ、花屋って。そりゃ本当に小さなころはそんな事も考えたかもしれないけれど。うーん」

「あぁいや、別にそんな真面目に考えなくてもいい。……あれ、買うか?」

露店で売られている、串で刺した鶏肉を油で揚げたもの。レモンを思いきり振りかけたそれを頬張りながら、簡素な椅子に腰かけた顔が何か思い出したようにこちらを見上げる。


「お嫁さん、とか言って欲しかった?」

「別に何か意図があって聞いてるんじゃあないって……」

残った肉を口の中に押し込む。


「まぁほら、なんて言うか。多分そういう将来とかそういうのも含めて気に入らなかったから色んな人に強く当たっていたんだと思うよ。今考えるとね」

「……。」

「聞いといて何その顔」

「いや。思っていたより随分としっかりした答えが戻ってきたからな。なんと答えるべきか、と」


「そういう先生は……ごめん、そんな余裕があった感じじゃないよね」

「まぁそうかもな。とは言え、ぼんやりと考えたことはあった」

「へぇ意外。どんな?」

「多少働かなくても食うのに困らず、寝る場所が確保されている生活」

「……期待して損したよ」

主役のいなくなった串を受け取り、苦笑いしながら立ち上がろうとする彼女に手を差し出す。


再び歩き出した二人分の足音。

人混みを避けて進むそれがゆっくりと自宅の門扉に差し掛かるころだった。


「まぁ、でもさ。先生」

「あぁ」

「幸せだなーって思うよ? 出かける時はいつも不安だけど……不満はないよ」

「そうか」

思いのほか神妙な声が出ていたことに気付き、言葉を続けようとした。


「俺は――」

「でもさ。その騎士様が、神妙な顔で丸まって転がっている姿は衝撃的だったね。特に起き上がったときとか」

「それはしょうがないだろ……」

半歩ほど寄る足元。いひひ、などというわざとらしい笑い声をたてる唇が上腕に押し当てられる。






「――!」

「……?」

「さま? 聞いてます?」

「……聞いてない」

呼び戻される意識。

別に眺めていたわけでもないが。じっと見つめていたらしい土の中、青色がかった小石から声の主へと視線を上げる。


「もう。出発みたいですよ?」

「悪い、考え事してた。スライは?」

「オルビアさんが来たのでなんと言うかその。頼んでしまいました」

視線を巡らした先。

何故か荷物を積み替えさせられているスライと、満足げな顔のオルビア、それを不満げに眺めるライネの姿が見えた。確か休憩という話だったような気がするが。

何れにせよ、再び欠伸の出るような道のりを行く。


「なんでお前だけそんな汗かいてるんだ?」

「おまえ、見てただろうがよぉ……。けどこういう時ってよ、何も考えられない状況の方が楽なんだよなぁ」

「……確かに」

荷物の積み替えに楽しみなどある訳もないが、ややこしい話に頭を悩ませるよりは余程気楽というのには同意する。当然、問題は全く解決されない訳だが。

この道を引き返す頃には、スライの中での何かしらの結論は出るだろうか。

世話を焼かれっぱなしなのは俺もレイスも理解している。また何とも触れづらい話であるものの、何かしらの手助けはしたい。




空を見上げる。

黎明。落日。斜陽。黄昏。陽の位置を事象、特に人生や隆盛になぞらえるような言葉は幾つかあるが、おそらく自分自身をそれに例えるのならば今はこの空と同じように、きっと頂点に陽がある時間帯だろう。ちょうどそれを表す言葉を思い出す努力をしつつ。

横道にそれる思考は、頂に続く、斜陽、落日、そんな言葉を夢想する。それらの言葉の指すところは比較的わかりやすく、望ましくない意味だった。

そうじゃない、などと小さく漏らす言葉。訝しげな表情で振り返った右目に、何でもない、などと苦笑して見せた。


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