01
パドルアに到着したのは夕暮れ時だった。
皆と別れ家へと向かうその道のりがいつもと違うのは、人数が増えたからに他ならず。
その増えた2人はやはり先程からあたりをひたすら見渡しており、客観的に見れば明らかに挙動がおかしい。
「なぁ。取り敢えず今日は大人しくしていてくれ。明日か明後日、ちゃんと町の中を案内するから」
「人間。先日も思ったが、こんなに集まって何をするのだ?」
「何もしない。まぁ、群れていた方が安全だろ?」
「なるほど……そんなに敵が多いのか。相手は人間なのか?お前はそいつとは戦わないのか?」
「敵っていうか……」
適当な回答のせいで追い込まれ、困った顔を浮かべる俺をレイスが笑う。
理由まではおおまかに間違っていないと思っていたのだが。
予想の斜め上の質問に詰まり、無かった事にして振り返る。
そんな調子でやっと家に帰り着き、驚いた顔の3人に事情を説明する。
宜しく頼むという言葉に、半開きの口で挨拶を返す使用人3人に心の中で謝りながら、少し遅い食事を依頼した俺はミリアの家へと向かった。
少し久々にも感じる彼女の家の玄関で、再び首元に飛びつかれつつ。
「よかった。少し長いから心配だったよ」
「まぁ結局、剣を振り回すことも殆どなかった」
そう。殆どは。
そして、また違った鋭い切り口。
「そっかぁ。そんなこと言いながら危ない橋渡ってたんじゃないの?」
「否定はできないがそこまでじゃあなかった。というか移動ばかりで疲れた。あぁ、そうするとただのお使いってのは間違っていなかったかもしれない」
「違うでしょ……」
「そうだよなぁ……」
そんな脱力するやり取りをしつつも、嬉しそうにこちらへと笑いかけるミリア。
彼女を伴い、改めて家へと向かう途中だった。
「ところで。」
「?」
「実は。同居人が暫く増える」
「……は?」
結局。
家に着き部屋を見渡す彼女が、再び歪んだ表情のままこちらへと振り向く。
「えぇと?」
「ミリア。エルフのヴォルフとティアだ。宜しくな」
「……宜しくって言われたって」
怒るというより、この事態にどうすればいいのか迷っているようだが。
そりゃあそうだろう。
絵本の中から飛び出してきたような奴らが2人、使用人に温かい飲み物なんぞを出されているのだ。
そしてその絵本から出てきたような奴らがミリアを見て口を開く。
「人間。門の部族のヴォルフだ。暫く世話になる」
「……ティアです」
「え。あぁ、はい。……はい?」
別に彼女のせいではないのだが、すまなそうな顔をしているレイスと、まだ事態が飲み込めていないミリア。
そんな顔合わせをやり過ごしつつ。
取り敢えずさっさと食事を済ませ、早々と床につく……筈だったのだが。
クレイルの言葉通り、部屋には余りがある。
耳長2人を早々にそこへと押し込み、自分も未だ馴染まないベッドに座り込んだ。
追いかけてきて隣に座ったミリアが納得がいかないといった顔をしているが。
「ごめんな?」
「いや……いいけどさ。一体どうしたの?」
「人間の生きる様を見たい、だそうだ。短期間とは言ってある。暫くしたら南まで送っていくようだな」
「生きる様って。先生の観察しに来たの?」
少し困ったような顔をして見せるが、そんな顔をされるのも尤もではあった。
少なくとも俺達は、普通とは言えない形を築いている自覚もなくはない。
「いやいや、俺じゃないだろ。暫くは町の中でも案内して見せようかと思っている」
「うーん」
「どうした?」
「あのね。先生さ、色々やってるでしょ?」
「……まあ、どうだろう」
「あのね。少しだけど有名人になりつつあるよ」
「有名?どこでだ?」
「友達が言ってた。というか結婚するなんて話をしたら何人かはもう知ってた。先生の名前まで。北の町を取り返した英雄。隣国の王族と友人。この辺って間違ってないよね?」
「大体は間違ってはいないよな。英雄って響きには文句があるが」
「ついでに、豪邸に何人も妾を囲っているとか、一人で魔物を数十匹切り殺したとか、ヴァンゼル家に愛人がいてそのコネで成り上がったとか」
「おいおい」
「この間のワイバーンっていたでしょ?あれ、先生が4匹やっつけたことになってるし、実は闇のギルドを総べているとか……」
「なんだそりゃ」
「大体は変な話だったから否定しておいたけど、結構色々な人が見ているみたいだから気を付けてよね」
「……先が思いやられるな」
「そうだねぇ」
言いながらもミリアは少し楽しそうだ。
「なんだよ。俺の方は笑えないぞ」
「違う違う。この間、フライベルグ家の奥様ですよね? とか言われてさ、少し値引きして貰っちゃった。この服なんだけど」
「そういう問題かよ」
呆れ顔の俺に、来ている服をひらひらとさせて見せる。
あまり考えた事はなかったが、この所では対応しているのがそういった比較的大きな話ばかりなのは事実だった。
ワイバーンの折などは、斧を担いでレイスを引き連れて街の中を駆け回っていた。目立たない筈などない。
名声。
それを欲する者も居るのだろうが、俺にしてみれば面倒などとは思えど、残念ながらそこに食指はまるで働かなかった。
先般西の都市でラールにも話したが、もう別に欲する物もない。
「何考え込んでるの?」
「あぁいや。面倒だな、なんてな」
「あはは、贅沢な悩みだねぇ」
そう言いながら、俺の首元へと回される両手。
「でも私もレイスも気にしないよ。レイスも前に言ってたけど、先生は先生の好きなようにしたらいいって」
「……悪いな。面倒を掛けるかもしれない」
「だいじょうぶだってば」
そう言いながら一際強く押し付けられる体の感触に苦笑いを浮かべながら、先日ここを発ってからの事をゆっくりと話し始めた。
翌日。
以前頼んでおいた、庭の長椅子に座っていた。
左隣で本を読んでいるレイスと、空を仰ぐ俺を呆れるような顔で見上げる右のミリア。
早朝の日課を終え朝食を取り、少し休むつもりだったのだが。
まぁ休みというには間違っていないだろう。
先程まで俺が視線を落としていたのは、庭に植えられた大きめの樹木の根元へ座り込んでいる2人の耳長だった。
2人はそのまま木に一体化してしまいそうなほど微動だにしない。
穏やかな顔を浮かべて木の幹に寄りかかる美しい2人の姿は、庭に気が散る装飾品でも置かれたようで……正直微妙に鬱陶しい。
なんと言うか、気が散るのだ。
もう少し騒がしい方がそれはそれで気にならないような気がする。
「あのさ、先生。」
「なんだ?」
「確かに美人だね」
「好みかって聞かれればちょっと違うけどな」
少し考え込んだミリアが再び口を開く。
「……実際、どういうのが好みなの?」
平和な朝食後の時間に突っ込まれた、答えを間違うととんでもない事態を招くような問い。
左側のレイスまでもが本から視線を外し、こちらを見上げている。
「何だよお前まで」
「いえ、丁度節目だったので」
彼女の手元の魔術書は一面に文字が書き込まれており、節目も何もないように思える。
と言うよりもむしろ、先程から頁自体が変わっていないように見えるが。
「……それはお前達だろ?」
「?」
「少なくとも、今以上はないって事だな。納得いかないか?」
少し照れるように笑うミリアと、再び本へと視線を落とすレイス。
それは純然たる事実ではあるが、この場合の答えとしても間違いではなかったらしい。
「昼から少し町を歩き回ろう。ただここでぼんやりしているよりはいいだろ?」
「いやぁ。どうかなぁ……」
耳長の事を棚に上げるような日向ぼっこを済ませ、やがて太陽が頂点を迎えようとしている頃。
ゆっくりと立ち上がり、彼らの元へと歩く。
「ヴォルフ。ティア。そろそろ町の中へ行こう」
「……ん。済まないな。手数をかける」
「そうだな。恩に着ろ」
「ああ。そうしよう。人間。」
「とにかく、目立つような事はしないでくれよ?」
「わかっている。何か疑問があればお前に聞く。いいな?」
「ああ。そうしてくれ」
不安しかないが、仕方ないだろう。
このすぐ後に不安など通り越し、色々と考え込む羽目になるのだが。
いつも通りの喧騒と人通り。
そして、やたらとこちらへと向けられる視線を無視して町を歩く。
とは言え、理解できない訳ではなかった。
先頭を行く図体のでかい男、その後ろに並ぶ者達。
隻眼隻腕の女。貴族然とした女。
帽子を深く被っているが、余りある儚げな美しさを放つ男女。
この珍妙な取り合わせが視線を集めない筈もない。
自虐的な理解と昨日のミリアの言葉を合算し、それをして余りあるように感じる視線達をやり過ごす。
この所行き慣れつつある飲食店で座り込み、食事を注文する折。
「こちらでよろしいですか?」
「ああ、大丈夫。ありがとう」
「かしこまりました。……フライベルグさん?次はどちらへ行かれるのですか?」
「……は?」
好奇心を顔に張り付けた若い男の店員。
暫くは静かに過ごすから何もない、などと言ってあくまで丁重にそれを追い払ったが。
そう広い範囲ではないとは言え、囁かれつつある俺についての噂話。
この日を境に、新たな2人組についての好き放題な物語がそこに付け加えられていった。




