21
大きく息を吐く俺の隣。
レイスがそっと寄せた肩の感触だけを、殊更に暖かく感じていた。
死者だけでなく生者までが沈黙する中、森がゆっくりとそのざわめきを取り戻す。
それが耳に着くようになった頃、沈黙を破ったのはヴォルフだった。
「人間。世話になった」
「もう殺すとか言わないよな?」
「そうだな。仇は討った。残る者の迎えも事を済ませている頃の筈だ」
「連れは帰ったのか?」
「もう引き上げた。この地に留まる理由もない」
「お前達も戻るか?まぁなんだ。森の入り口まで送るか?」
「人間。それなんだが」
「……?」
「いやいや、悪い事は言わない。絶対に合わないからやめておけって」
「合わなければ勝手に帰る。何か分からない事があった時だけ聞きに行く。そう迷惑はかけない」
「自分が何言ってるかわかってるのかよ。大体お前、俺の家の近くって……」
口を開いたヴォルフが言い出したのは、俺の家の近くに暫く住んで人間を観察したい、という事だった。
勝手に住み着くだけなら問題ないだろう、などと言うがパドルアの町の規模や状況など、明らかにわかっていない風だ。
「ヴォルフ。俺の住んでいる町は人間が腐るほどいる。その町を出なければ森もないし、近くになんて無理だぞ?」
「町の近くに住めばいいのだろう?大丈夫だ、迷惑はかけない」
明らかに嚙み合ってないその認識に、頭を掻く。隣のレイスがその俺の顔を見て吹き出していた。
「すごい焦った顔してます」
「焦るだろそりゃ。なんて言えば伝わる?」
「えぇと……」
軽く考え込むレイスと交代しつつ、後ろのスライへと顔を向ける。しかし金髪は目が合うなり俺は知らんとばかりに明後日の方へ顔を背け、その後ろの弓使いと僧侶もスライと同じ方向へと目をやる始末だった。
残る1人、クレイルに俺が視線を泳がせる頃。考えがまとまったらしい隣のレイスが口を開く。
「ヴォルフさん。町の外はあまり治安もよくありません。野盗や魔物もいます。かと言って宿を借りて住む訳にもいかないでしょう。失礼かもしれませんがお金の問題もありますし、あなた方は目立ちすぎます」
「……そうか。色々だという人間の生き様を、少し眺めたかったんだがな」
残念そうに再び考え込むヴォルフに、しかしレイスは余計な言葉を続けてしまう。
「それに、町の外で一人じゃあ何かと不便もします。不用心ですし」
「ん、あぁ。ティアも一緒だ。確かに1人ではと思ったが、2人ならと考えていた」
丁度俺が視線を向けていたクレイルの目が輝いていた。
「もう好きにしろよ……」
「恩に着るぞ。リューンフライベルグ」
「こういう時ばっかり名前で呼ぶのやめろ。あと、絶対に短期間だぞ?長居はさせられないからな?」
「リューン様。すみません」
「もういいって……」
俺よりも焦った顔を浮かべているレイスの隣、もう1人の耳長が黙って頭を下げていた。
そして、その顔の原因であるクレイルは笑っている。
「いいじゃないですかリューンさん」
「クレイル。お前なぁ」
「だって部屋、余ってるって言っていたじゃないですか」
「余っちゃいるけどな。でもな――」
「使う予定があるんですか? あぁ、レイスさんが居ない所で話すべきでした」
「……流石にわざと過ぎるだろ」
「はは。すみません」
恐らくは今回の一連で一番深いため息をつきながら振り向く。
「ミデル。大丈夫か?お前達はどうする?ヴァイデン経由なら回って行ってやってもいい、というかそうしろ。流石に2人旅じゃあ危なっかしい。これで死なれたら夢見も悪いしな」
「はい。それなんですが……」
「まさかお前らもパドルアに来るなんて言い出すのか?」
「いえいえ、家に戻らないと。流石に色々と心配掛けていますし」
その当然である筈の言葉に、やたらと安堵しながら相槌を打った。
結局、人数を増やした俺達はヴァイデンを目指す。
町の外で二手に分かれ、耳長2人に被らせる帽子や外套などを用意し、その間に何をするにも誰かに確認してから行動するよう念を押した。
早速、目を見開きあたりを見回す2人に、取り敢えず今は落ち着くよう注意して町の中を行く。
先日と同じ宿を3人分余計に借りたのだが、部屋数に余りがあった事は幸運だろう。
ついでではあるが、ラールへの簡単な報告と余計な事をした謝罪を済ませた。
報告には、もうこういうのは勘弁しろという少し疲れたような顔。
謝罪については、まだその報告を受けていなかったらしい当人にひどく感謝された。正規兵の中にも傭兵達との顔見知りが居ないとは言い切れなかったという。
ミネルヴは俺達がここを発った翌日、もう用は済んだなどと言って王都へ向けて出発したらしい。
流石にその言葉について謝罪したものの、よく聞けばその言葉を向けた先は俺だった。
若干の同情ついでに再度引き抜きの話もあったが、それも丁重に辞退させて貰った。
今さら俺を引き抜く事に意味はないだろうとも考えたが、エルフ達とのコネクションがあると考えればそれは納得できない話ではない。
まさか当人が今まさに同行しているなどとは思うまいが。
その翌日。
目立つ2人組が同行している事もあり、俺達は早々と東へ向かう事とした。
次の定期便を待つミデルとアルメには、彼らが先日宿代を少し支払った安宿での定期便が来る頃までの不足額を支払ってやった。
その彼らに東側の門で見送られることとなったのだが。
「ミデル。お前、この先冒険者なんかで食べていくのか?」
「えぇと。……どうでしょうか」
ミデルが隣のアルメに視線を向けるが、その相手は知るかとばかりに目を逸らす。
まぁやめておけ、といった所だろうか。
「何れにせよ、気を付けろ。今回の件で変に割を食っている奴もいる筈だ。大っぴらにはできないし目立って何かされる事もないだろうが。まぁ、手紙くらい寄越せ。」
「手紙ですね。わかりました。それにしても……色々とありがとうございました」
「こっちこそ助かった。まぁ繰り返しだが死んだら終わりだ。その辺よく考えろよ?」
「はい。わかっています。リューンさんはなんていうか、英雄みたいですね。何て言うかうまく話を――」
「英雄ってのはな、剣振り回して敵をばたばた薙ぎ倒すような奴の事を言うんだと思うぞ。俺はどっちかっていうとそいつにぶっ飛ばされる役だ」
その言葉に、少し嫌な思い出を巡らせながら私見を述べる。
「そんな事ありません。僕なんて何ができる訳でもないですし」
「そういう意味ならお前こそ勇者とかそういう物だろ。敵わないのに突き進むなんて褒められた事じゃあないが」
「ほら、だから言ったじゃん。少しは勇者様にも分別を学んで貰わないと」
アルメが呆れ顔でその勇者様の顔をのぞき込む。
「仲いいよなお前ら。連れも大事だろうが、お前も犬死にするなよ?」
「言われなくたって」
「そうなんです。ただの幼馴染なのに色々付き合って貰っていて。今更ですが、あまり迷惑をかける訳には……あれ?」
「……。」
「えぇと。まぁ、頑張れよな」
「うるさい」
どうしようもない言葉に顔を歪めるアルメと、その顔に考え込むミデル。
そこについては、俺は間違いなく部外者だろう。
「所であんたさ、結局何者なわけ? 色々お偉いさんにも知り合いがいるみたいだけど。ミデルも手紙出すなんて言ってるけどさ、どこの誰だか知ってんの?」
「そうだよね。忘れてた」
「あぁ確かに自己紹介を忘れていた。俺は、パドルアの冒険者ギルド付の中級騎士だ」
「ちょ、あんたが中級騎士! ……クラストって碌な人がいないんだね」
「お前に言われるとやたらと腹立たしいな……」
そんな脱力するようなやり取りをしつつ。
手を振るミデルに軽く手を振って返す。
遠ざかるヴァイデン。このままパドルアへと戻れば、俺の当面の仕事は彼らの手紙を待つことだろう。
お使いから始まった一連は、未だ胸につかえるものもあるとは言え身内の犠牲が出る事もなく幕を引いた。
新たな同居人に少し気は重いが、パドルアへ向かう俺の顔は少なくともここへ来た時よりはましな筈だ。




