02
パドルアの石畳を歩いていた。
俺の前を歩くスライと、隣を歩いているヴォルフ。
先日は視線を集めるのも理解できるなどと考えたが、男3人でもそれはあまり変わらなかった。
しかしこの場合は恐らく、俺の隣にいる耳長がそれを集めているのだろう。
特に……若い女の視線が俺とスライの隙間から、物珍しそうにあたりを見渡すヴォルフへと注がれている。しかし視線を集める当人はそんなことを意にも介さず、少し考え込んでは俺とスライに質問を繰り返している。
「あの食べ物はなんだ?」
「えぇと。小麦粉を練って油で揚げているやつだ。悪いな、興味もなかったから詳しい事は知らない」
「あれは?」
「肉だろ。あぁ、切り刻んで串に刺して焼いてるって話でいいか?」
「ほう……」
妙に納得したような顔をしているが、逆にいつもは一体何を食べているんだろうか。
「スライ、そこ曲がってくれ。剣と胸当て、整備に出すんだ」
「あぁ、そっちだっけか……」
方向を変え、俺の馴染みの武具店へと方向を変えるスライ。
「そういえば、人間の使う弓は変わっているな。どうしてあんな形なんだ?」
「知らねぇよ。俺もあいつも弓は使わねぇからな。昔いろんな形がある事も習ったけど今は大きさくらいしか気にしてねぇ。ヒルダ呼んでくるか?」
「機会があれば話を聞かせて貰えると嬉しい」
「あっちもあんたに興味がありそうだった。呼べば来るんじゃねぇかな。帰りに声かけてみるか」
「ありがたい」
俺もスライも、改めて聞かれるときちんと説明できることが多くはない事に気付く。
数えきれない改良を重ね辿り着いたのであろうその形状。何の気なしに振り回してはいたが、自分が使う剣の微妙な反りなども何かしらの根拠や歴史があっての物なのだろう。
武器店の扉をくぐった俺達は、壁に所狭しと色々な武器がぶら下がる狭い店内を歩き、少し薄暗いカウンターに座るやたらと体格のいい店主へと声を掛ける。
彼は少なくとも自分よりは、諸々について詳しいであろう。
「マスター、また整備を頼みたい」
「あぁリューンか。……おっと、フライベルグ様だった」
「やめてくれよ。なんだか訳の分からない尾びれが沢山ついてて辟易してる」
「そういうのは有名料だろ。みんな噂話は大好きだからな」
「代役を願いたいな。知らない人間に突然話しかけられたりしても、何て答えればいいのかわからない」
店主の視線はそんな軽口を叩く俺の脇を通り抜け、壁にかかる弓を熱心に見つめる耳長へと注がれていた。
「なんだよ。そっちの気があったのか?」
「お前なぁ、俺は嫁と子供がいるぞ。新しい仲間か?随分と――」
「仲間というか。なぁあの弓、弦張って少し握らせてやってもいいか?」
「別に構わんが、一体なんだ?」
「あいつ、エルフなんだ。人間の暮らしが見たいらしい」
「エルフ? またお前、からかうなよ」
少し面倒そうに帽子を取って見せるヴォルフに店主の口が半開きになる、それを確かめてから言葉を続けた。
「やっぱり弓に興味があるらしくてね。悪いが頼む。あと、俺の剣と胸当ても……聞いてるか?」
「聞いてるよ。なぁ、あんた本当に何者になったんだ?」
「何者って。やめてくれよそういうの。別にそんな扱いは望んでない」
「お前が望まなくても……みんなそういうのを求めてるんだろ?」
「そういうのってなんだ?」
「英雄だよ。困難な状況を打ち倒す、英雄様の登場を待ってるのさ。東は落ち着いたとはいえ、北は相変わらずで最近また野盗も増えてるって聞く。聞く話は禄でもない事ばかりだ。そういう時にはみんな、何かに熱狂したいもんだろ? 次は西あたりで何かやってくれればみんなもっと喜ぶぜ?」
後ろでスライが吹き出している。
苦笑いしか出ないそんなやり取りを終いにし、一応の目的である武器についての説明を店主に頼んだ。
彼はその逞しい両腕を時折広げつつ今まで見た事もないような饒舌さで武器の薀蓄を語り、ヴォルフはそれを熱心に聞いている。
スライと2人、その長話を眺めながら欠伸を噛み殺していた。
リューンとスライが切り上げて他に行こう、と声を掛けようとしていた頃。
レイスは右目に映る、リューンとはまた違った大きな背中を眺めていた。
先頭を行く巨大なエプロン、ベルタが人の流れを掻き分けるように歩いている。
その後ろ、レイスとミリア、ティア、そして赤髪のアンナがそれに遅れまいと懸命に歩いていた。
最後尾を行く赤髪が、輪を掛けて緩み切った口を開く。
「ベルタさーん、ちょっと早いっすよー」
「あぁごめんごめん、ちょっと張り切っちゃってね」
彼女達2人が買い物に出掛けるのについて行く事にした3人。
色々と教えてやって欲しい、というリューンの申し出に少し張り切っているベルタの顔は明るい。
「人数が増えたからね。買うものも多いから急がないと」
「そっすねー。でも荷物持ち多いから楽勝じゃないっすかー」
頭を跳び越す、荷物持ち呼ばわりの適当なやり取りにミリアが苦笑する。
向かっていたのはパドルアの西端にある市場だった。
今まで自分たちが居ない間は恐らくはそこまでは足を延ばしていなかっただろう。確かに量が多いのであればそちらまで足を延ばした方が物も量も揃う。少し遠いがアンナの言葉通り、荷物持ちも充実している今ならばそちらへと向かった方がいいだろう。
自分の右腕はその役目を満足にはこなせないだろうが。
やがて、見渡す限りに商品が並べられた広場へと辿り着いた。
広げた布や簡単な屋台、台車などで適当な通路が形成されており、雑然とした雰囲気を醸し出している。
そしてそこへと流れ込む大量の人は、いつか混みあった大通りをリューンとオルビアと歩いた事を思い出させた。
パドルアに来てからそれなりの時間を過ごしてはいるものの、自分はここへと足を運んだ事がない。自分もリューンもそして恐らくはミリアも、こういった所には用などなく当然ではあるのだが。
そして恐らくは用などなかった筈のミリアが困ったような顔で口を開く。
「まだあそこのおっさん元気かなぁ」
「お、おっさん?」
「いやぁ。昔よく、果物かっぱらったんだ。見つかって追っかけられてさぁ」
視線を外し済まなそうに昔の思い出を語るミリアは、少なくとも食べるものに困ったりはしていなかった筈だが。
「ええと……なにそれ?」
「いやぁ。昔の汚点というかなんというか。悪い友達も多かったからというか。悪い事がしたかったんだよ。あぁ、これはずっと昔ね?」
更に顔を歪ませるミリアに、やはり困ったような顔を返す。それがずっと昔なら、最近はどんなことをしていたのだろうかなどと考えつつ。
「じゃあまだその人が居たら、そこで買い物して帰ろう?」
「うーん。ベルタさん、いい?」
「別にどこで買うなんて決まってないから構わないよ」
「やさぐれてたんすね。なんすか。ご主人と出会って変わったとかそういう話っすか?」
「……。」
私の知りうる限りはその通りである赤髪の鋭い質問に、ミリアは頭を抱えて変な声を上げている。
つい先日には死体の海を眺めていたとは思えない、平和なやり取り。
思わず軽く笑みを浮かべている私を、隣のティアが見詰めていた。
「どうかしたんですか?」
「いえ、楽しそうですね。あなたは。……あのような場所に行くべきではないのでは? 彼もそれを望んではいないでしょう?」
恐らくは何の気なしであろうその問いに、軽く顔が強張るのを感じた。
それに気付き、焦り謝るティアに軽く首を振って見せ、視線を巡らす。
丁度こちらを見ていた男と目が合い、慌てて視線を逸らすのを眺めながら軽くため息を吐いた。
帽子を深く被った耳長の質問にベルタが答え、不足があれば店の人間にも聞く。
普通であれば面倒くさそうに追い払われるものだろうが、聞いている主が人並み外れた美しさの持ち主であれば別だろう。勿論ベルタではないその問いの主に恐らくは必要以上の答えを返す店の人間。更に少しの値引きなどをされ時折頭を下げながらも、長い時間をかけた買い物を終えた。
ついでというか何というか。
予定通りの店で必要以上の果物を買い、その代金を支払う。……気まずそうな顔で代金を支払うミリアを見て、店主が軽く吹き出していた。
「絶対に覚えてたよ……」
「そうっすね。でも別に怒ってなかったし、いいじゃないっすか。大丈夫、ご主人には黙っておきますって」
「それは別にいいんだけどさ。いや良くないか、うーん」
相変わらず平和なやり取りを眺める隣のティアが口を開く。
「皆、いい方ばかりです。何故人間同士の殺し合いなどになるのでしょうか」
「……相手もその皆を守りたいからだと思います。守るにも、食べる為とか襲われない為とか、理由は沢山あると思うんですが」
「……。」
「もし仮に戦う理由が全うな物だけだとして、それでもお互い仇討ちを繰り返すだろうから小競り合い程度の話もなくなる事はないと思います。」
「……そうですか」
つい先日リューンが仕立て上げたエルフ達の仇討ち。それは目で見た事実を伴った答えだろう。
考え込むティアに微笑みかける。
「全部、以前リューン様が言っていた事なんですけどね。でもいつか、どこに行くにも命の危険がないような世の中になればいい、とも言っていました。……私もそう思います。」
そんな言葉で一度締めくくり、まだ何か言いたげな顔のティアを促した。
先に歩き出していた皆が振り返りこちらを見ている。
早くしろとでも言うように手を振るミリアに手を振り返しながら、私達も少し早足で歩きだした。




