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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の日常02
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2人の日常12

俺の斜め前を黙って歩くミリアの表情は測れない。

少し肩を落としているように見えるその背中。

ふと振り返った少し落ち込んでいるような顔が少し俺に笑って見せ、再び前に向き直った。


心なしか先程より胸を張る彼女の足がその店に着く頃。

彼女はいつもの堂々とした雰囲気を取り戻していた。

それ程の時間もかからず、安くてそこそこ美味しい、と言ういつもの店に到着する。


「……またここか」

「だめ?」

「居心地悪いんだよ。何となく」

「いいでしょ、私が出すからさ」

そう言う彼女に飲み物だけを頼み、適当な席に座り込んだ。


夕食時には少し早く、客の姿はまばらだ。

通りを行く人の流れをぼんやりと眺める俺の目の前に、小奇麗なカップが置かれる。

その中に注がれた琥珀色の液体が控えめに湯気を上げていた。


「悪いな。じきに返す」

「別にいいよ、私の都合だから」

「そうか。じゃあその都合の話をしようか」

その言葉にミリアは再び少し考え込み、そして小さく頷く。


「とりあえず。先生、おかえりなさい」

ひどくうれしそうに笑って見せる。

先程までの表情はどこに行ったのかと思うような笑顔。

レイスが、ミリアの事もまた太陽のように見えると言っていたのが、少しわかったような気がした。

……その太陽に引っぱたかれていては仕方がないのだが。

そしてその態度に、ここに来てしまった事への少しの後悔を感じていた。


「何だよ。謝る相談だろ?」

「それもあるけど。これも大事な話だから」

「おいおい……」

「ねぇ先生。私、言われた通り大人しく待ってたよ?」

少しはにかむようにして、その視線を俺からテーブルの上にゆっくりと落とす。


「……それは。照れているのか?」

以前見た折の、顔を真っ赤にして大声を上げる姿とはまるで逆だが。何というか。


「そうだよ。悪い?」

視線を合わさず少し口を尖らせるようにしながら答える彼女に、少し残念な感想を述べる。


「いや。なんていうか」

「うん」

「……猫被り過ぎだろ」

「……そうやってさぁ」

呆れたような表情で視線を泳がせるミリアがテーブルに肘をつき、大きく溜息をついている。



「先生、あのさぁ」

「ああ」

「私、先生のこと好きだよ」

「は?……え?」

その突然の一言に、間抜けな言葉を吐きながら思わず周りを見渡す。

誰が聞いている訳でもないのだが。


「お前、相談しに来たんだろ?それにお前――」

自分でもわかる程に狼狽する俺に、彼女は掌を広げてみせた。


「別に答えは聞いてない。そういう話じゃなくって」

「本当……なんなんだよ」

「だから。私が怒った理由」

「あのな。頼むからもう少し分かるように説明してくれよ……」


最初からそのつもりではあった筈だが、再び何か考え込むミリア。

暫くの間を開け、彼女は今度こそ真剣な表情で顔を上げた。



「先生。レイスなんだけどね。さっきうちに来た時、色々な事を言ってた」

「色々?」

「あの後どういう事があったかとか、先生が騎士になって家を貰う事とか」

「騎士とか家とかは……まだ少し先だろうけどな」

「それで。自分にはもう先生の事を助けたり、役に立ったりできる事が出来ない、って。自分には近くにいる意味がないって言ってた」


それは。

何となく彼女が言い出しそうだと思っていた通りの内容だった。

何れもが、俺にとって大した問題ではない、と答えようとしていた事。

ミリアから語られるその言葉を、苦も無く飲み込む。


「あと……」

ミリアは目の前で腕を組み、考え込んでいる。


「あと? なんだよ。そこまで話しておいて」

「そうなんだけどね。やっぱりやめた」

「……お前」

「ごめんね、やっぱり本人から聞いて」

「なんだよそれ」

申し訳なさそうに目尻を下げるミリア。

流れる暫くの沈黙。



目の前で更に考え込むような仕草のミリアが再び口を開く。

「それは兎も角」

「大事な所だったんじゃないのか今のは……」

「そういう訳で」

「どういう訳だよ」

「先生の奥さんになって、って頼まれてさ」

「……。」


俺から視線を再び外したミリアが、再びテーブルの上を眺めている。

「あいつ、そんな事言ったのか」

「言った。それで……」

「それで?」

「私は確かに先生の事がその……。でもさ、だからそれを見透かすように、簡単にそんな事を言うなって思って。頭にきてひっぱたいちゃった。そんな簡単に言った訳じゃないのは分かってるんだけどさ」

「……。」

「それで、人の口からそこまで説明されるくらいなら、先に自分で言っておこうかと思って」




なんと表現すればいいのかわからない、気まずい空気。




「あぁ、ええと。とりあえずな、ミリア」

「うん」

「まぁ、なんだ。俺なんぞより余程いい相手が幾らでもいる。他を探した方がお前の為だと思うぞ?お前は若いし、外見も家柄もいい。強いて言えば問題は素行だな」

その言葉に、穏やかな顔で首を横に振る。


「さっきも言ったけど答えは聞いてないってば。そこは私の問題だから気にしなくていいよ」

「お前、そう言ったって」

「じゃあ責任とってよ。いいでしょ、若いし外見も家柄もいいんだったら」

「……素行の話は?」

「だからもういいってば。とにかくレイスからはちゃんと話聞いてあげてよね」



「なぁ所で。相談はどこに行ったんだ?」

「あはは……。ちょっと違ったかも」

ミリアが誤魔化すように視線を泳がしている。

それに呆れるように溜息をついた。


「あと。謝るってのはどうする?」

「ごめん、やっぱり今日はやめとこうかな」

釈然としないやり取りに、いいかげん辟易しながら辺りを見渡す。

店の席も段々と埋まりつつあった。


そろそろ。頃合いだろう。


「……帰るか」

「そうだね」




空を見上げる視線。

すっかり夕食時になってしまった。

早めに戻らないと夕食を食べ損ねる羽目になりそうだ。


デッキの淵の階段をゆっくりと降りる。

「とりあえず、話は聞く」

「あのさ。今度もう少し相談させてよ」

「わかったわかった……。今度は俺が答えやすいような内容で頼む。じゃあな」

「うん。じゃあね、先生」

嬉しそうに手のひらをひらひらとさせる彼女に苦笑いしながら振り返った。






再び定宿へ戻る道を歩く。

好意に気付いていないほど鈍感ではないが、あの話の流れであんな事を言い出すとは思わなかった。

……流石に調子が狂う。


しかし、気分を入れ替えるよりは、早く戻るべきだろう。

レイスが部屋に戻ってからどれ程の時間が経ったかわからない。

恐らく、随分と待たせていると思う。

何となく気分が乗らずのろのろと歩いていた足を早めていた。






先程通り過ごした定宿の扉をくぐる。

見渡す食堂に彼女の姿がない事を確認し、階段を登った。



レイスはベッドに座り、以前買った魔術の本を読んでいた。

扉の開く音に顔をあげてこちらに微笑んでみせる。


「お帰りなさい。遅かったですね」

「ああ。いつごろ戻った?」

「お昼をまわって暫くしたくらいですね」

「悪い。待たせた」

レイスは穏やかな微笑を浮かべ、それにゆっくりと首を左右に振って見せた。



「ひっぱたかれたんだって?」

大きく見開かれる目がゆっくりと俺から逸らされる。

少し困ったような顔。

……その頬が薄く赤い。


「いまそこで当人と会った。謝りたいって言ってたぞ」

その言葉に、レイスが慌ててその右手を振って見せる。


「違うんです、私が少し話し方を間違えて……怒らせてしまいました。私が悪いから、だから大丈夫です、本当に」

少し必死にも見える彼女の言葉。


「話は大体だけど聞いた。大体な」

「……はい」

彼女が再び膝の上の本に視線を落とす。

その表情は、少し思い詰めているようにも見えた。




通りの喧騒だけが部屋に流れる。

一向に紙が翻らない本。

そこに落とされたレイスの視線。

そしてそれを眺める俺の視線。




頁をめくる事がないその右手をそっと掴む。

ゆっくりと見上げる硬い表情に微笑みかけた。


「レイス。とりあえず、食堂に行こう」

明らかに腰を折るような雰囲気。

少し困ったような顔をする彼女に、言葉を続ける。


「その後でいい。話、してくれるか?」

少し見開かれる目。

そしてその顔が頷くのを見て、その右手を引いて立ち上がらせると相変わらずの浮かない顔に笑いかける。


「とりあえず、下に行こう。またルシアさんに怒られるだろ?」

「……そうですね」

困ったような顔ながらも、ようやっと微笑む彼女を伴って階段を下りた。




出来れば、ああいった思い詰めたような空気で話し込むのは避けたかった。

こちらも飲み込まれ、感情的になってしまう。

ミリアが説明を拒否した部分。

それ以外にも色々な思いがあるのかもしれない。




目の前でフォークを口に運ぶ彼女は、いつもとあまり変わらないように思える。

この後、おそらく彼女はその胸中を語ってくれる筈だ。


自分の皿の上、残り1切れの薄い肉にフォークを突き立ててゆっくりと口に運んだ。

俺が食事を終えたのを見て、残る食事を少し急いで片付け始める彼女にゆっくりでいいと声を掛ける。


少なくともこの瞬間は、いつもと変わらない暖かい時間に感じられる。

急ぐ必要などない。


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