五年後
五年の歳月が流れた。
魔王討伐によって終結した戦争は歴史の一ページとなり、人々は平穏な日々を取り戻していた。
かつて勇者エリオスが救った世界。
その名は今も語り継がれている。
子供たちは英雄譚に胸を躍らせ。
吟遊詩人は酒場で勇者の歌を歌う。
世界は確かに平和だった。
少なくとも――つい最近までは。
王国西部。
辺境の町グラド。
朝から酒場は騒がしかった。
「おいグレン! また頼む!」
「お前ら朝から飲みすぎなんだよ」
大ジョッキを運びながらグレンが笑う。
魔王討伐後、故郷へ戻った彼は知人の酒場を手伝いながら暮らしていた。
英雄として王都に残る道もあった。
騎士団へ入る誘いもあった。
だがグレンは全て断った。
理由は自分でもよく分からない。
ただ。
英雄として祭り上げられる気にはなれなかった。
酒場の扉が勢いよく開く。
「大変だ!」
飛び込んできたのは行商人だった。
息を切らしている。
「東の街道だ!」
「また魔物か?」
「違う!」
男は叫んだ。
「魔族だ!」
酒場が静まり返る。
誰もが耳を疑った。
魔族。
五年前なら珍しくない言葉だった。
だが今は違う。
魔王が倒れてからというもの、組織だった魔族の活動はほぼ消滅していた。
だからこそ異常だった。
その頃。
王都から遠く離れた賢者の塔。
大量の書物に囲まれた部屋でエルドは一枚の報告書を見つめていた。
その表情は険しい。
「……増えておりますな」
机の上には各地から集めた情報。
魔族の目撃。
村の襲撃。
失踪事件。
そして。
複数の地域で確認された異常な魔力反応。
「偶然ではありませんか・・・」
誰に聞かせるでもなく呟く。
五年間。
エルドは龍の力について調べ続けていた。
あの日。
魔王討伐のためにエリオス殿が禁足地で手にした禁忌の力。
その正体と代償について。
そして。
自らの後悔について。
一方その頃。
王立魔法学院。
「先生ー!」
「先生聞いてますかー!」
教壇に立つシリアは静かにため息をついた。
「聞いてる」
「絶対聞いてませんでしたよね?」
「聞いてる」
「聞いてない時の返事ですよそれ!」
教室に笑いが起きる。
五年前なら想像もできなかった光景だった。
感情の薄い魔法使い。
今では教師として生徒たちを教えている。
本人は不本意そうだったが。
授業終了後。
学院長が慌ただしくやってきた。
「シリア君」
「何」
「王都から緊急通達だ」
その一言で空気が変わる。
数日後。
王都。
緊急会議が開かれていた。
各国の使者。
騎士団。
魔導士。
冒険者ギルド。
王国中の有力者が集まっている。
その場で国王が重々しく口を開いた。
「各地で魔族の活動が活発化している」
ざわめき。
予想していた者もいた。
だが次の言葉は誰も予想していなかった。
「そして」
国王が続ける。
「我々は確認した」
場が静まる。
「新たな魔王の存在を」
空気が凍った。
誰も声を出せない。
五年前。
確かに魔王は討たれたはずだった。
なのに。
また現れたというのか。
会議終了後。
王都の一室。
エルドは窓の外を見つめていた。
その背後で騎士が報告を続ける。
「目撃者によると、その魔王は圧倒的な力を持っていたとのことです」
「……」
「龍のような黒い鱗を纏っていたとも」
その瞬間。
エルドの目が見開かれた。
龍。
五年間。
何度も考えた。
何度も否定した。
何度も希望を捨てようとした。
だが。
もし。
本当に。
「エリオス殿……」
賢者は小さく呟く。
その声は誰にも届かなかった。
そして同じ頃。
遠く離れた町で。
グレンもまた王都からの使者を迎えていた。
「国王陛下からの召集です」
グレンは黙ったまま手紙を受け取る。
嫌な予感がした。
五年前と同じ。
胸の奥がざわつく。
封を切る。
そこに書かれていたのは。
『至急、王都へ来られたし』
それだけだった。
だが。
グレンには分かっていた。
平和は終わったのだと。
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