エルミナ
翌朝。
朝露に濡れた草が朝日に照らされ、街道は静かな空気に包まれていた。
「よし。」
グレンは大きく背伸びをする。
「車輪も問題なさそうだな。」
ハンスは修理した車輪を軽く叩き、満足そうに頷いた。
「ええ。応急処置ではありますが、エルミナまでは十分保つでしょう。」
「じゃあ出発だ。」
馬車は再びゆっくりと走り始めた。
街道には穏やかな風が吹く。
昨日の騒ぎが嘘だったかのような静けさだった。
しばらく歩いていたシリアが、不意に足を止める。
「……?」
地面へ視線を落とす。
何もない。
草木が揺れているだけだ。
「シリア?」
前を歩いていたグレンが振り返る。
「どうした?」
「……。」
シリアは少しだけ辺りを見渡した。
そして首を横に振る。
「なんでもない。」
再び歩き出す。
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……魔力溜まり?」
その声は風に溶け、誰の耳にも届かなかった。
◇
道中、小さな魔物が何度か姿を現した。
角の生えた狼。
大きな牙を持つ猪。
どれも旅人を襲うには十分危険な魔物だった。
だが。
「遅い。」
シリアの放った魔法が狼を吹き飛ばす。
「次!」
グレンが駆け出し、大剣を振るう。
一閃。
猪はそのまま地面へ倒れた。
「周囲に反応はありません。」
エルドが静かに告げる。
戦いはほんの数分で終わった。
レオルは目を丸くしていた。
「すごい……。」
「これが元勇者一行……。」
グレンは照れくさそうに笑う。
「この程度なら準備運動にもならないさ。」
その後は何事もなく街道を進み。
昼過ぎ。
ようやく目的地が見えてきた。
街道の先に、町が見えてきた。
煙突から立ち上る白い煙。
外壁の向こうからは、人々の賑やかな声が風に乗って聞こえてくる。
門の前では、商人や旅人たちが順番に入町の手続きを受けていた。
「見えました。」
ハンスが前方を指差す。
「エルミナです。」
「やっと着いたか。」
グレンはほっと息を吐いた。
◇
門で簡単な確認を済ませ、一行は町へ入る。
石畳の道。
露店から漂う焼きたてのパンの香り。
威勢のいい客引きの声。
五年前と変わらない活気がそこにはあった。
「賑やかですね。」
レオルが辺りを見回す。
ウォルトは笑みを浮かべた。
「エルミナは交易の町ですから。」
「冒険者も商人も多く集まります。」
馬車は町の中心を抜け、一軒の商会の前で止まった。
看板には『グランベル商会』と書かれている。
「ここが私どもの商会です。」
ウォルトは三人へ向き直る。
「本当にありがとうございました。」
「皆さんのおかげで無事に帰ることができました。」
ハンスが建物の中へ入り、ほどなくして革袋を持って戻ってくる。
「依頼料です。」
「お納めください。」
グレンが袋を受け取る。
中を覗くと、銀貨がいくつも入っていた。
「確かに。」
「ありがとな。」
ウォルトは軽く頭を下げる。
「宿をお探しでしたら、この通りを少し進んだ先に『銀枝亭』という宿があります。」
「冒険者にも評判の良い宿ですよ。」
「冒険者ギルドは中央広場のすぐ隣です。」
「酒場もその向かいにありますので、迷うことはないかと。」
「一度来たことがあるから大丈夫さ。」
グレンは笑顔で答えた。
「また縁があればよろしく頼む。」
「こちらこそ。」
ウォルト親子とハンスは深く一礼した。
三人もそれに応える。
こうして護衛依頼は無事に終わった。
◇
「さて。」
グレンは報酬袋を軽く持ち上げる。
「まずは宿だな。」
「荷物も置きたいですな。」
エルドが頷く。
シリアが一言だけ呟く。
「お風呂。」
グレンは思わず笑った。
「それも大事だ。」
三人はウォルトに教えられた宿へ向かって歩き出す。
宿を取ったら、次に向かう場所は冒険者ギルド。
まずは、この町で情報を集めるために。
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