焚き火の夜
馬車はゆっくりと街道を進んでいた。
盗賊たちを荷台へ積み込み、エルミナの町を目指す。
穏やかな時間だった。
――そのはずだった。
「……ん?」
ハンスが手綱を握りながら眉をひそめる。
ガタン。
馬車が小さく揺れた。
「どうしました?」
ウォルトが尋ねる。
「少々お待ちください。」
再び。
ガタンッ。
今度は大きく揺れ、馬車がゆっくりと止まった。
ハンスは御者台から降り、車輪を確認する。
「これは……。」
グレンたちも近寄る。
車輪の一部が大きくひび割れ、木材が欠けていた。
ハンスは静かに息を吐く。
「先程の盗賊との戦闘で傷んでいたようです。」
「このまま走らせれば、完全に壊れていたでしょう。」
グレンは頭を掻く。
「あと少しだったんだけどなぁ。」
「エルミナまで半日ほどです。」
ハンスは車輪を撫でる。
「応急処置はできますが、今日はここで休んだ方が安全でしょう。」
エルドも頷いた。
「無理をして夜道を進むより賢明ですな。」
「よし。」
「今日は野宿だ。」
グレンがそう言った、その時だった。
「……うぅ。」
荷台の方から小さな声が聞こえた。
盗賊の一人が身じろぎをする。
「起きそう。」
シリアが荷台へ歩み寄る。
盗賊たちはまだ縄で縛られているものの、何人かが薄く目を開け始めていた。
シリアは静かに杖を掲げる。
「夢誘」
淡い蒼白い光が、盗賊たちを包み込む。
まるで夜風に溶ける霧のように光は静かに消え、盗賊たちの表情から力が抜けていく。
再び規則正しい寝息だけが荷台に響いた。
「これで当分は起きない。」
シリアはそう言うと、何事もなかったかのように杖を下ろした。
「助かる。」
グレンは短く礼を言い、焚き火の準備へ向かった。
◇
日が落ちる頃には、小さな焚き火がぱちぱちと音を立てていた。
ハンスは馬車の修理を終え、ウォルトとレオルは簡単な食事を用意する。
パンと干し肉。
温かなスープ。
豪華ではない。
だが、旅の疲れを癒やすには十分だった。
「改めまして。」
ウォルトが頭を下げる。
「本日は本当に助かりました。」
グレンはパンを口に運びながら笑う。
「気にしないでくれ。」
「困ってる人を助けただけさ。」
「ええ。」
ウォルトも笑みを浮かべた。
「皆さんにお願いして良かったです。」
焚き火の向こう側で、エルドがお茶を口にする。
「ウォルト殿。」
「はい。」
「一つ、お聞きしてもよろしいですかな。」
「もちろんです。」
「我々はエルミナ方面で魔族の目撃情報を調べております。」
「何か耳にされたことはありませんかな。」
ウォルトは少し考え込む。
「魔族……ですか。」
「申し訳ありません。」
「私も商人仲間から聞いた程度なのですが。」
「構いません。」
エルドは静かに頷いた。
「どんな些細な話でも結構です。」
ウォルトは焚き火を見つめながら口を開く。
「最近、エルミナの周辺が少し物騒になっている……とは聞きます。」
「物騒、と言いますと?」
「冒険者や衛兵が襲われた、という噂です。」
「ですが、詳しいことまでは分かりません。」
「商人同士の世間話ですので。」
エルドは静かに目を閉じる。
「ありがとうございます。」
「十分参考になりました。」
グレンも腕を組む。
「冒険者や衛兵、か。」
「盗賊だけじゃなさそうだな。」
焚き火が静かに揺れる。
夜空には無数の星が広がっていた。
エルミナまで、あと半日。
焚き火は静かに燃え続ける。
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