第71話 行きはよいよい帰りはこわい
思い出話に花を咲かしての悪友と鯨飲馬食な食事会は深夜まで及んだ。
先の刺賀姉弟が早食い競争だとしたら、俺たちは大食い競争。出汁の香りや装いから和食料理中心かと思っていたけど、実際はなんでもござれの多国籍料理の店だった。しかもメニュー表は読めずとも問題はなかった。なぜなら店主に頼めば、どんな料理でも作ってくれるからだ。
料理に合わせて飲み物も変化する。俗に言うチャンポンになるわけだが、それでも気分が悪くなったり、トイレに駆け込んで住人になることはなかった。それどころか食事をする前よりも体の調子が良い。
その代わり、食べ過ぎ飲み過ぎで立つのも億劫なほど体が重たい。冗談抜きで、このまま横になって寝たい。というか実際に食事休憩をした。イスを横に並べてそこに仰向けで寝る。他客が帰って俺たち以外に誰もいないからと店主は許してくれた。実家のような安心感がそこにはあった。
そんなこんなで動けるようになったのは、零時を過ぎてからだった。
「……嶽さん今日は本当にありがとうございました。ご馳走にさまでした」
「いえいえ、私としても腕の振るいがいがあって、楽しかったです。またのお越しをお待ちしております」
「はい、その時は是非またよろしくお願いします!」
店の外まで出てきて見送ってくれた店主に別れの挨拶を済ませて、裏通りへと続く路地道に目を向ける。
墨のように黒い空間が広がっている。その闇の奥に一寸の光が見える。そこで博希は思い出す。あの今にも消えそうな街灯と、案内人によりこの店にたどり着いたことを。
夜道を一人で歩くこと自体は嫌いじゃない。というか結構好きな分類に入る。だけど、この裏通りだけは異質な雰囲気を醸し出していて、理由は説明できないけど気味が悪いのだ。
行きは何とも思わなかったのに、帰りはあり得ないぐらい怖気づいてしまう。
「……なあ未来、帰りも案内頼んでいいか? おい、未来聞いてんのか?」
さっきまで隣にいたはずの未来の姿がなかった。神隠しにでもあったかのように、彼女は音も無く消えていた。左右を確認してみるがやはり姿は見えない。
先に行ってしまったのかと思った、その刹那後方から「なに騒いどるん?」と彼女の声が聞こえた。振り返ると店主の隣で首を傾けて不思議そうに見つめている未来と目が合った。
「……いつの間にそっちに移動した?」
「いつって、最初からここにおったけど……」
「最初から……だと? 俺が嶽さんと話していた時からずっとそこにいたってのか?」
「そやけど? なあ嶽さん」
「はい、未来ちゃんの言うように私の隣に立っていましたよ」
嘘をついているようには見えない。なら、なんで隣にいると思ったんだ。なんで目の前にいるはずなのに、未来がいることに気づかなかったんだ。
「飲みすぎたか……?」
頭をかきむしり困惑する博希に、未来と店主もまた戸惑った様子で顔を見合わせる。無風で虫の音も聞こえない場所で、唯一の光源に背を向ける。眼前に広がるのは、夜の帳と穿った針穴のみ。
その暗闇に恐怖しよからぬことを空想して、幻聴や幻覚に似た何かを感じ取る。で、そっちに注意がいってしまった結果、目の前にいる未来に気づけなかった。自嘲したくなるような推察だが、これ以上あれこれ考えてしまうと足が前に出なくなりそうなので、一旦そういうことにしておいた。
そんな博希に向かって未来は衝撃的な言葉を口にする。
「そんなんで一人で帰れるんか?」
「……ひとり?」
「せやで、ああ……言ってへんかったっけ? 常連になる最初の一歩としてな、一人で帰宅するってのがあんねん。それで道を覚えろってことやな」
片手は腰に、もう片手は闇夜の道を指差し淡々と告げる。
青ざめた顔で博希もまた夜陰を指差し聞き返す。
「あの道を、一人で帰るのか? 真っ暗だぞ? 本当に案内は無いのか?」
「帰りも案内してもええけど、そしたらもう二度と嶽さんの飯くえんけど、それでもええんならついてったるで?」
未来が目配せすると、店主は眉を寄せてゆっくりと頷く。
そのやり取りを見た博希は覚悟を決める。ひとりで踏破する覚悟を。
「……分かった。一人で帰るよ」
「よう言うた。ああ嶽さん、見送りありがとうな。もう大丈夫やから店の片づけしてくれててええよ」
「…………それじゃお言葉に甘えようかな。倉持君……ああその、頑張ってね……」
思い詰めたような笑みを浮かべつつ店主は店に戻っていった。
(あんな顔をするってことは、やっぱ本当なんだな。やるしかねぇ……!)
店主のためにもここでひくことはできない。
必ず一人でお家に帰ってやる。見てろよ未来。
「で、帰り方は分かるんやろな?」
進入者の方向感覚を失わせる、迷宮のように入り組んだ小道。その攻略法は、街灯に沿って進むこと。居酒屋が近くなればなるほど、街灯の数もまた減っていく。つまり表通りに向かいたいなら、街灯の数が増えていく方に進めばいい。
「……ああもちろんだ。街灯に向かって歩けばいいんだろ?」
「じゃ気いつけてな!」
答えは返ってこなかったが、満足げな未来の顔から察するに正解なようだ。
「……もうちょいなんかない?」
あまりにもあっけない別れに博希はついそんなことを口走ってしまった。
「博希って、結構な甘えたさんよな……しゃーない、これなら怖い怖い道も歩いて帰れるやろ?」
わざとらしく首を左右に振ると、未来はネクタイを掴み横にずらした。
「そこにエロカワ要素あったんかい……」
「思うてた反応とはだいぶ違うたけど、まあええとしたるわ。でもま、これで帰れるやろ?」
「問題なく帰れそうだ。でだな、着るのは仕方ないとはいえ、それ人前では絶対にするなよ」
「……ああはいはい、分かった」
未来は手で払う仕草をしたのち反転し引き戸に手をかける。
「今日は誘ってくれてありがとうな。じゃまたな、未来」
「あいあい、さいなら」
簡素な挨拶を交わすと早々に未来は店内へと消えていった。




