第69話 ケーキで乾杯
店内は予想どおり清潔感とは無縁な環境だった。
黒く変色するほど油ぎっしりな換気扇に、乱雑とした内装。壁一面に貼られた手書きのメニュー表も看板同様に、そのていを成していない。油で紙は黄色くなり文字が滲み、角も丸まって読めたもんじゃない。だからこそ期待に胸が膨らんでしまう。ただメニューについては、未来に全任せするとしよう。
「えっ、そっちに座んの……」
未来の行動を見てつい声に出してしまった。
その様を見ていた店主は「いつもあの席ですよ」と補足してくれた。
そこで合点がいった。入店時に、踏破者の方々が新参者に会釈してくれた。それは未来は常連客も認めるほどの常連客、トップオブ常連客の連れだからだ。
(ただあの席か……)
カウンター席に座るものだと思っていたけど、未来は見向きもせずテーブルの右奥に座った。店主との会話からしても予約していた素振りは感じなかった。カウンター席はまだ空いているし、別にそこでもいいというか、そっちがいい。なぜならそのテーブルには、未来が座るよりも先に二人の先客がいたからだ。
彼女にとっては顔馴染みかもしれないけど、初対面でいきなり相席は猛烈に気まずい。が、現状においては甘んじて受けるほかない。未来は俺の性格を熟知している。その上で、彼女がそういう行動をとるということは、是が非でも紹介しておきたい相手に違いないからだ。
「なに突っ立っとん。はよはよ!」
隣のイスをポンポンと叩いて座るように促してくる。
(……しかたない、か)
料理をしている店主の姿を間近で見ながら料理に舌鼓を打つ。対面式だからこそ味わえる、あのライブ感に浸かたかったけど、それはまた次回にとっておくとしよう。
「はいはい……」
カウンター席を通過し未来の隣に腰を下ろし、相席者に挨拶をしようと目線を上げる。
「……なぜにここにいる?」
開口一番に出たのはその言葉だった。そうなるのも仕方がない。対座している人物に見覚えしかなかった。未来よりも博希の方が詳しいといっても過言ではない相手。相席者は刺賀辰爾と刺賀実弥の刺賀姉弟だった。
「なぜって、なぜだと思う?」
「おぅよ、てめぇの頭で考えてみろ?」
弟が質問返しをすると姉も重複し尋ねてくる。
「未来ともとから飲む予定だった……とか?」
「半分正解。ヒントをやるよ、昨日は何の日だったか覚えているか?」
答えが正確ではなかったらしく辰爾は、そんなヒントを繰り出してきた。
今日は一月十九日なので昨日は十八日。
昨日は瑞希と伊咲に祝福されて一緒にケーキを食べた。
二人からプレゼントも貰ったな、お返しを考えないと。
博希は自分に関する記念日には無頓着だった。幼少期はそうではなかったはずなのに、孤児院で世話になるようになってから興味を失っていた。その頃に比べたら数段マシにはなっているのだが、それでも誰かに言われない限り、自ら祝おうとはしない。年に一度の日を普通に過ごして終わる。
一月十八日とは、倉持博希がこの世に生を受けた日ではあるが、彼にとってはただの一日に過ぎない。
「……ああ俺の誕生日か? それとなんの関係あるんだ?」
「それとなんの関係があるんだ……だと」
「そうカリカリすんな、バカ弟。博希はこういうやつだってのは、最初から分かってたことだろうがよ」
「……もしかして、俺のために集まってくれたのか?」
三者三様に呆けた顔でこちらを見つめてくる。それ以外に他に集まる理由なんてあるのかと言いたげな様子だ。というか、もう言わずとも心の中で思っているのが痛いほど伝わってくる。
「それ以外にあるか? 本当なら昨日やりたかったんだけどな、あたしら三人ともどうしても抜けられない用事があってな、それで今日ここに集まることにしたってわけだ」
「そうか、ありがとうな。でもさ、俺が食事の誘いを断ってたらどうするつもりだったんだ?」
「おまえが未来の誘いを断るわけねぇだろ。百パーセントここに来ると思ってたぜ」
「じゃー、じゃーさ。未来が俺とばったり会わなかったら……ああそゆことか……」
いつどこにいるか正確な情報を知り得る方法がある。それは俺がいつも見送っている後輩上司こと伊咲璃奈だ。この二年間で伊咲と未来はツーツーの仲にまで進展している。そこに刺賀姉弟も参加ともなれば、もう向かうところ敵なし。
倉持博希包囲網の完成である。
「理解が早くて助かるぜ。ってことで、嶽さん。生四つとケーキを頼む!」
辰爾は上半身を捻り店主に向かって手を振り声をかける。
カウンター奥から「あいよっ♪」と気前の良い返事がくる。
「ビールにケーキ……だと、その前にあの美味しそうな料理を食わせてくれよ!」
「博希の言い分はごもっともだ。だがな、あたしもバカ姉も、実はまだちょいとばかり仕事が残ってんだわ。だから、乾杯してケーキを食ったら即帰るから、そこんとこヨロシクな♪」
阿吽の呼吸で姉弟は合掌しウインクをしてみせてきた。
弟は右目を姉は左目を閉じて、左右対称完璧な動きだった。
「なん……だと……いやま、それなら仕方ないけどさ。ならさ、こうやって場を設けてもらっておいてなんだけど。日にちをずらすとかあったんじゃないかなって……?」
「ここじゃなかったら、それもありだったんだけどな」
「……ってことは、ここってやっぱ一見さんはお断りなやつ?」
「一見さんつうか、あたしら姉弟の紹介がないと無理だぜ」
「辰爾か実弥さんの紹介がいるって、どんだけ難易度高いんだよ……?」
「そうじゃねぇよ。あたしら二人の紹介がないと入れない店なんだよ、ここは。あと完全予約制。な、嶽さん?」
生ビールを四つ指にかけて器用に運びながら店主は「ひとりだから」と申し訳なさそうに答えている。たどり着くだけでも至難の業なのに、しかも刺賀姉弟の紹介状が必要な上になおかつ完全予約制。
あまりにもハードルが高すぎる。
まさに類まれなる貴重な体験。
綺麗な泡に蓋された生ビールに、和栗をこれでもかと使った贅沢モンブラン。そのどちらとも素晴らしく美味しそうだ。いや絶対に美味しいのは分かっている。ならばこそ、なんでこの組み合わせなのだと、言わざるをえない。だけど、その考えは浅はかだったと、すぐに改めることになる。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。
特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。
他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。




