第67話 これから
名残惜しそうにブンブンと手を振る伊咲と別れて来た道を戻る。伊咲を連れ立って帰る時は、半ば強制的に真逆の東側に向かうことになる。はじめは数メートルだったが、今では二キロ近く歩くようになっていた。伊咲の家から会社まで五キロなことを考えると、四割弱の距離を歩いていることになる。
結果的に歩くことで運動にもなっているし帰ったところで一人なので、存外嫌な時間ではなかったりもする。ただこういうところが伊咲の先輩離れを遅らせている。自戒しなければと常日頃思っているのだけど、なかなか行動に移せない。
「俺も後輩離れ頑張らないとな……それにしても、やっぱ慣れんな……」
博希はそう呟き頭をかく。
博希の自宅があるのは西側。東側に足を伸ばすようになったのもほんの二年前。しかもただ往復するだけで、店に寄ったりなども道草を食うこともない。ただ実直に伊咲ルートに沿って移動するだけだ。
見慣れた街並みにはなったけど、それでも賑やかな夜道を歩くのには抵抗がある。隣に誰かいれば話は別なのだが、一人になると場違いな感じがして気が滅入る。
色んな店舗が軒を連ねている。そのどれもが繁盛しているようで、景気のいい笑い声が帰り道を彩る。華やかなカフェやこじゃれた飲み屋を横切る時に、入ってみようかなという気持ちにもなるが、あと一歩というところで足が出ない。それで結局はどこにも寄らず帰路に就く。
自分が根っからの西側民だというのをしみじみ思う。
昼間のように明るい表通りを歩いていると妙な気配を覚えた。誰かに見られているというか、つきまとわれているような感覚。二十七歳が自意識過剰なことを口走っている。そんなこと当然理解はしているのだが、それでもこのまとわりつくような気配は絶対に勘違いではない。
目を光らせて耳を澄まし歩みを進める。
コツンコツンと背後に迫ってくる足音。
徐々に歩幅が縮まりコツコツと足音が速まる。
急ぎの用事があって早足になっているだけかもしれない。だがその可能性は無くなった。一向に追い越そうとせず、それどころか速度を落とし一定距離を維持している。
さらに確証を得るため往来の少ない裏通りに入り、そこからさらに二度三度と角を曲がってみる。が、その足音が途切れることはなかった。確実に尾行されている。やはり勘違いではなかった。
でも誰がどうして? 何のために? まさか裏稼業連盟? もしそうなら……彼女はどうなった。
知りたくない事実を知ることになるかもしれない。
だからこそ、いまここで退くわけにはいかない。
当惑しつつも博希は振り向き正体を確認する。
「……って、おまえかよ!?」
そこに立っていたのはスーツ姿の未来だった。
見知った顔に安堵したが、それと同じぐらい苛立つも感じていた。イラついたのは彼女に対してじゃない。自分に対してだ、信じると心に誓っておいて容易く揺らいでしまった、その自分の不甲斐なさにだ。
ストーカーまがいな行為をしてきた変質者は、先方と会食でも行っていたようでフォーマルな装いをしていた。ブラックスーツを身に纏い、ホワイトシャツにネクタイを締めている。
衣装のポイントは、薔薇を刻印したエンボス加工のネクタイだろう。色までもがローズレッドで統一されている。自然とネクタイに目がいくように仕向けられたアクセント。
(普通だ……)
首から足先までエロカワ要素が一ミリも見当たらない。広告塔バージョンじゃないだけで、こんなにシゴデキ女子に見えるから不思議だ。完全なる擬態に成功していた。
ただカッコカワイイお姉さん感は、バシバシと感じるのだが、それだけでそれ以上もそれ以下もない。何というか途轍もなく普通なのだ。心が踊るような騒めくような感覚が一切ない。
物足りないと思ってしまう、その時になってようやく気づいた。知らず知らずのうちに遅効性の毒に侵されていたことを。
「よっ博希!」
「よっじゃねぇよ、マジで怖かっ……焦ったわ」
「ほほ~ん、博希怖かったんかいな? しゃーないな、うちがヨシヨシしたるから、こっちきい♪」
「怖くねぇし焦ってただけだし……」
「せやなせやな、あーヨチヨチ。怖かったでちゅね~、もう大丈夫ですからねぇ~」
「…………」
承諾もなく未来は頭を撫でてくる。その言葉遣いに虫唾が走るところだが、ここで何か言い返そうものなら、さらに拍車がかかるのは明白。博希が嫌がることを全力で行う。来宮未来とはそういう人間だ。気が済むまで撫でさせてやろう。
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