第64話 みんなが勝者
あまりにも展開が意味不明すぎる。
どう質問するべきか困惑しつつ辰爾に声をかける。
「……どういうことだ?」
「いやなに、おまえに内緒でちょっと賭けをしていだけだ」
あっけらかんと辰爾は答えてきた。
それを聞いてもやはり理解不能だった。
「……賭けだと?」
「ああそうだ、もう隠す必要もないから博希にも教えてやるよ。おまえの最終回答を予想するんだ。で、一番近かったやつの勝ち。ああ賭けとはいったが、勝ったところで何にもないけどな」
「なんだ、その意味不明な賭けは? それの何が面白いんだよ……」
「博希わかってねぇな。これは誰が一番博希のことを理解しているのかという、博希認定試験も兼ねてんだぜ?」
賭けだと言っておきながら、肝心の賭けとなる物を何一つかけていない。勝っても負けても何も生み出さない。なのに、なぜ辰爾はあれほど喜んでいるのか、なぜ五人はあれほど嘆いているのか、全くもって理解できない。というか博希認定試験ってなんですか……。
「……おまえはさっきから何を言っている?」
「博希は分からくてもいいって。んだけどな、勝利者を決めないのは、虫が良すぎると思うぜ。つうことでな、ここはあたしに任せてくれないか? ちょっとした名案があんだよ」
ニカっと笑い辰爾はサムズアップをしてみせてきた。あの胡散臭い笑顔が少しばかり気にはなるが、その知恵のおかげで幾度か窮地を脱したことがある。
この状況を打開してはくれるのは確実だろう。そこだけは全幅の信頼を寄せてはいるけど、あの笑顔がどうも引っかかる。何か途轍もなく面倒くさいことが起きそうな予感がする。が、他に解決策が見いだせない以上、その提案を受けざるをえないのも事実だ。
「……任せた」
「……任された」
辰爾は柏手を打つように両手を叩く。
その音に反応して敗者たちが顔を上げる。
全員が自分の方を向いたのを確認したのち、辰爾は席を立ち机上の放置されたマイクを掴みスイッチをオンにする。反響しキィーンと甲高い音が耳をつんざく。
「……ああテステス……う、うん。賭けは、あたしの一人勝ちとはなったが、肝心の料理対決は博希が日和ったことで、勝利者無しという何とも味気ない結果となった」
開幕はディスからは始まった。
「……えっ初っ端から酷くない?」
独り言が聞こえていたようで、辰爾はチラッとこっちを見て『任せとけ』と音を発せず伝えてきた。
「博希もそのことに胸を痛めているしで、何か償えないかとあたしに言ってきたんだ。そこであたしはある提案をした。そして博希はそれを快諾してくれた。その提案について、いまから発表しようと思う。みんな特に参加者の四人は覚悟して聞くように……」
末恐ろしい前段を述べている。
その後に続く言葉を固唾を飲んで見守る。
感情が入り混じった十二の瞳が辰爾に集まる。
「……じゃあ発表するぞ。参加者全員に“倉持博希を一日自由にしていい権利”を進呈する」
その刹那、防音対策は完璧かと? 尋ねたくなるほどの大音量が室内に響き渡る。踊り騒ぐ、狂喜乱舞という四字熟語がぴったり合うような状況が、目の前で繰り広げられる。
寝耳に水すぎて「……ガチで?」と無意識に口から出ていた。
「今さら白紙に戻せると? まあいいじゃないか、たった四日遊びに付き合ってやるだけで、丸く収まるんだぜ」
「……なんで俺が賞品になってんのかは、いまだによく分からないけど、あいつらが楽しそうならそれでいいか、いいのか……?」
「細かいことは気にするなっての。さてと、料理対決も終わったことだし、ここからは普通に食事会といこうぜ! あたしらも腹減ってしかたないんだよ、博希がバカみたいに旨そうに食いやがるから!!」
「誰がバカみたいに……否定はできんな……」
辰爾と談笑していると、和洋中と出来上がった料理が次々とテーブルに運び込まれる。それらを配膳する料理人の顔からは狂喜の色がみえる。
何十人前かなってぐらい膨大な料理の数々がテーブルに隙間なく置かれていく。その光景たるや圧巻、まさしく満漢全席。
その圧倒的物量に満足げな様子で料理人たちは各々席に移動する。辰爾が何やら画策していたようで刺賀姉弟は揃って、別の席に腰を下ろしていた。
その結果、両隣には真白と瑞希が座り、斜め向かいには未来と伊咲が座ることとなった。
「それでは、みなさま~手を合わせてぇ~……せーの、いただきま~す」
辰爾の食前の挨拶に沿って、各人も「いただきます」と手を合わせる。
実弥さんは右へ左へと俊敏な箸捌きで逐次料理を口へ運ぶ。姉に負けじと辰爾もスプーンにフォークと両手を使って器用に食事をしている。伊咲や未来もそれに続けとばかりに口いっぱいに頬張っている。この流れに沿って同い年二人も続いてくれれば良かったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
右から箸が、左からフォークが「あ~ん」という掛け声とともに、博希の口元に向かって伸びている。どちらを選んだとしても天国と地獄が並行して訪れる。が、どちらも選ばなかったらこれまた天国と地獄が並行して訪れる。
そんな楽しい愉しい食事会から、一週間後――真白は忽然と博希の前からいなくなった。
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