第06話 心中オア結婚
「さすがに雪まで降ると室内でも寒いな。ちょっと暖房つけるよ。あと飲み物なんだけどさ、水道水かエナドリどっちがいい?」
「……なにその二択」
「ごめん、ごめん。この時間にエナドリは違うよな」
博希は食器棚からコップを二つ手に取ると、蛇口をひねりそれぞれのコップに注ぎ入れる。その純度百パーセント水道水が入ったコップをテーブルに置いた。
「はいよ」
「ありがとう……」
リモコンを操作しエアコンを起動させると、真白が座るテーブルの真向かいに移動し腰を下ろす。
「さてと……話を聞かせてもらえるか?」
「その前に私から一つ質問」
「はい、どうぞ」
「なんで隣に座らないの?」
「意味が分からん。膝をつけて話すんだから対面が普通だろ」
「ぐぬぬ……今回は諦める」
凍えるような冷風を肌に感じた。冷房に設定していたのかと思いリモコンの液晶を一見してみたが、設定は暖房になっている。エアコンに向けて手をかざしてみると、吹き出し口からは設定どおり温風が出ている。
(その割には冷えるな。もうちょい温度あげておくか……)
博希が温度を再設定している対面では、真白がコップを大雑把に掴み水道水を流し込んでいた。雪のように白い皮膚に薄っすらと血管が浮かびあがる。飲み方も喉を潤すというよりも、留飲を下げる目的での飲水に近い。
ヤケ酒を煽るオッサン――。
あのコップに入っていたものが仮に酒だったとしても納得できてしまいそうなほど、それはもう豪快な飲みっぷりだった。
深く長いため息を吐いたあと真白は事の顛末を話し始めた。
「師匠が生前に言っていた。純白の服が血で汚されるということは、純潔を失うのと同義。つまり、私の服を初めて血で染めたあなたと結婚するのもまた同義」
「う、う~ん……なかなか偏った教育方針だったんだな」
「師匠は私の唯一の家族だった人」
「そうか……一応確認、結婚を拒否した場合は?」
選択肢として存在するかどうかだけ訊いておこう。
知ったところで選ぶつもりは毛頭ないけど。
「拒否したら心中する」
「かなりの極論に至ったな。もうちょい詳しくお願いします」
「暗殺者は目撃者を殺さないといけない。でも結婚したら家族になれる。家族は殺さなくていい。私は博希以外と結婚する気はないから終わらせる。もう私には何も残ってないから……」
目撃者を消せば暗殺者は仕事を続けられる。だけど彼女の生きる目的は俺と結婚して家族になること。
ここで好意を拒絶するということは、自分だけじゃなくて彼女の生命も終わらせることになる。たとえ相手が殺すことを生業にしている人だとしても、自分のせいで人が死ぬのはダメだ。身勝手だとは思うけど、どうしてもそれだけは耐えられない。
(無理心中させるぐらいなら、断然こっちだよな……)
厚手のパーカーがしわくちゃになるまで強く握り締め返答を待つ少女を無下にはできない。
未成年を部屋に連れ込んでいるヤツが偉そうに言えた義理じゃないかもしれないけど、どうせ死ぬのなら一人くらい幸せにして死ぬか。俺も彼女も家族がいないという点では似たような境遇だしな。
家に帰ってきた時に話し相手がいるのも悪くなさそうだ。エナドリ片手にテレビを見ながらスマホをいじる毎日にも飽きてきてたし、丁度いい頃合いかもしれない。
それとは別件で気になることがあった。
「おい……あのバイトやっぱアウトだったんじゃないか……」
「別に結婚するんだから関係ない。一緒に住むのは決まりとして、いつ籍入れる? 今日でもいいよ!」
「分かった、君と結婚するし今日から同棲もする。でも、籍を入れるのは二年後な」
「な、なんだってぇ!?」
真白は素っ頓狂な声を上げテーブルを強打した。さらにその反動を利用して頭から突っ込んできた。
まさかこんな短期間にもう一度、猪突猛進タックルをやってくるとは……だが無意味だ。
「うぐぐぐぐぐ……」
「無駄無駄無駄無駄あぁぁぁ!!」
博希は急速に近づいてくる脳天めがけて掌底を放つ。
テーブルの上空で熾烈にせめぎ合う二人。
拮抗状態が続いたが最後には博希に軍配が上がる。
暗殺者としての真白には惨敗したが、配偶者としての真白には圧勝した。つい一時間前は足が竦むほど畏怖していたのが嘘のように見事な勝利。
博希には、どうしても負けるわけにはいかない理由があったのだ。
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