第59話 正体不明な少女
結論からいうと、三人はモデルとしてランウェイを歩くこともなかった。当たり前の話ではあるけど事前にモデルは用意されていた。未来の仕立てた服を着こなし歩く彼女たちは、とてもカッコよく見えた。
ステージの高さは八十センチあるので自然と見上げるかたちになる。その高低差により、商品の目玉であるスリットに目がいってしまう。意図的に未来が狙ったのだろう。
付き添いで仕方なくついてきた男性陣は、そのチラリズムに夢中な様子。彼女がこの服はどうと尋ねても生返事ばかりで、展示場のあちこちで怒られている彼氏が大量生産されている。まんまと未来の術中にハマったというわけだ。
そんななか博希はというと燃え尽きたおっさんのように、ベンチに腰を下ろして天井を仰ぎ見ていた。周囲には先輩方の姿があった。家族で買い物に来たのはいいが、母と娘の間に入れず省かれている。他のエリアで時間を潰したくとも、許可がないと移動も許されない。そんな哀愁が彼らの丸まった背中から感じ取れる。
博希が試着会にいたのは十分足らず、ひと通りぐるっと一周してあとはランウェイを少し見ただけだ。
服に元々興味がない博希にとっては、これでも十二分に滞在したといってもいいほど長い時間だった。
控室に呼ばれた理由は、真白たちに静かな場所で試着して欲しかったからだそうだ。つまりあの三人はVIP扱いされたということ。
展示されていた衣装は、VIP扱いする代わりに着ろという交渉の具現化であった。博希だけが省かれたのは、花園を開園するのに野郎は邪魔だっということだ。
未来が用意したお勧めセットの着たマネキンは五体だった。あれはただの前哨戦だったらしく、後半戦になるにつれてどんどん衣装が運び込まれていった。未来が満足するまで約一時間の時を要した。
着せ替え人形という仕事から解放された三人の顔からは疲労の色が見て取れた。ただその甲斐もあって、大量の戦利品を確保していた。
試着した服で気に入った物を一式セットでプレゼント。そのセット内容には、服にあわせた小道具も含まれていた。一時間のバイトとしてはあまりにも破格の報酬だった。
「……じゃ行ってくる。荷物お願いね、博希」
「お手数をお掛けします、先輩」
「じゃちょっくら行ってくるわ」
真白たちはその戦利品を博希に預けると、吸い込まれるように試着会に戻っていた。疲れてたし戦果として十分じゃないかと思ったのだが、そういうことではないらしい。
さっきまでは控室という閉鎖空間で試着していたから、モデルがランウェイを歩くところも一切見ていない。帰る前に是非とも試着会の雰囲気を味わっておきたいんだそうだ。
VIP扱いという名の餌で三人を監禁していたとも言えなくはない。ただ辰爾曰く、小道具だけで軽く数十万を超えるらしいので黙することにした。
大きな紙袋が三つと持ち運ぶのには、少々だるい量。貸しロッカーに預けようかと思ったが、辰爾が二つ持ってくれるというので使うのはやめておいた。
控室から奪ってきたであろう缶コーヒーを受け取りつつ、また肩を寄せ合うように隣に座ってくる辰爾に声をかける。
「……辰爾は戻らなくて良かったのか?」
「着替えの手伝いをする必要もないし、未来と話し合って仕入れる服も決めた。戻ったところで、もうやることはもうねぇな」
「ほぉ~さすがは店長様だ。ちゃっかりそんなことまでやってたんだな、あーとなると実弥さんもか」
「んだな、そっちも終わっている。バカ姉が戻ったのはネタのためだろうな。で、もう問題なさそうか?」
「ああ心配かけたな。やっぱ持つべきものは辰爾だな。ほんとおまえといると楽だわ……」
「なんだそれ……? まああたしも同意見だけども」
男同士で他愛もない会話をしていると、数メートル先に小さな影ができているのに気づいた。その影は少しずつ広がり伸びて近づいてくる。コツコツと小気味いい音とともに。
(……俺らと同じでベンチで休憩か)
顔をジロジロと見るわけにもいかないので、目線を上げずにその影の動向を追う。博希自身もこの影に対して、興味をもってしまったのか理解できていない。ただなぜか目が離せないのだ。深夜にやっている通販番組をついつい見てしまう、あの感覚に似ていた。
影の移動からみるに真っすぐ一直線にこちらのベンチに向かって歩いてきている。他にもベンチの空きはあるはずなのに、影の主は同席しようとしている。
靴が見える距離、眼前でピタリと足が止まった。
(ブラウンのローファーとか細い足首から女の子っぽいけど、俺に何か用なのか……ああそういうことか!?)
博希に電流が走る。
隣にはカリスマ店長が座っている。試着会に足を運ぶぐらい彼女は服に興味がある。となると答えは一つしかない。彼女は辰爾に相談事があるんじゃなかろうか。
(……俺がいると彼女も話しづらいだろうし、ここは去るのが吉だな)
気を利かして離席しようとした時だった。
彼女の口から信じられない言葉が発せられる。
「倉持博希……?」
名前を呼ばれた博希は反射的に顔を上げる。
黒髪を二つに結んだ小麦肌の活発そうな少女が、訝し気に見つめていた。
彼女自身も口にした言葉を信じていないような素振りだった。
博希に真白と同世代であろう少女の知り合いなどいない。
初対面なはずなのに、なぜかどこか懐かしい雰囲気がする。
「……えっと、どこかで会ったっけ?」
「本当に、本当に、本当に、あなたは倉持博希なの? あの倉持博希!?」
「あのがどういう意味か分からないけど、倉持博希は俺だけど……?」
「やっと、やぁぁあっと見つけた! もう逃がさないから!!」
戸惑う博希に正体不明な少女は、その言葉どおり動けないように拘束してきた。
手で払う仕草をして辰爾をベンチから退かせると、躊躇うことなく膝の上に飛びのってきた。程よい重さと柔らかな感触が太ももにのしかかる。両腕を回して頬をすり寄せて体重を預けてくる。それでも逃げようと思えば逃げれたのだが、そんな気には一切ならなかった。
ドクンドクンと少女の鼓動が聞こえる。
ゆっくりと一定のリズムを刻んでいる。
(……安心している? この感じ、俺は知っている……でも、いつ、どこで?)
思い出そうにも手掛かりがなさすぎる。
何かきっかけやヒントがあればあるいは。
「……荷物預かってくれて、あり……な~にしているのかな? 博希……??」
最低最悪なタイミングで、真白たちが帰ってきた。
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