第53話 誠意とは
途中でタクシーを拾い自宅に直行した。
玄関扉に触れるよりも早く自動扉のように自然と開扉する。
真白は下着に彼シャツの服装で出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「……なぜに敬語?」
「あっいや思いのほか遅くなったから……つい?」
寝ずに待ってくれていたり、こうやって出迎えてくれるのは嬉しいけど、自己都合で彼女の時間を奪っている気がして、時折申し訳ない気持ちになることがある。別段真白は気にしないだろうし、逆の立場だった俺も同じことをする。
(でもだからこそ今日ぐらいは先に寝ていて欲しかった)
普段では絶対に考えないような言葉が脳内を駆け巡る。
自分でも信じられないと心が激しく揺さぶれられる。
アルコールでタガが外れやすくなっている。伊咲が言っていたように正常な状態ではないらしい。後ろめたいことなど何も無いはずなのに、屈託のない笑みを向ける真白がとても恐ろしく見える。動悸が激しくなり冷や汗が止まらない。
(ただ後輩とじゃれ合っていた写真を撮られただけだ……何もやましいことはしていない……)
そう自分に言い聞かせようとするたびに『ならなぜ未来の行動を制止させたんだ』と内なる存在が語りかけてくる。
「でもまだ九時を少し過ぎたぐらいだし、昔に比べたら格段に早くない? あっそゆこと!? 博希は私に会いたかったんだ!」
普段なら軽く受け流すような真白の言葉も、その一字一句が鋭利なナイフのように、ぐさりぐさりと胸に突き刺さる。
「さすがは真白だな。じゃ風呂に入るからちょっと奥に移動してもらっていいか?」
「…………いつもの博希じゃない。なにか隠してる」
「な、なんも隠してないけど……?」
真白の目がすっと細くなる。俗に言うジト目。普段なら超絶可愛いと心躍るところなのだが、今回ばかりは肝が冷えて仕方がない。
「……ふ~ん、そうなんだ。な・に・も隠してないの?」
真白がスーツに顔を近づけてクンクンと匂いをかごうとした瞬間、気づいた時にはもう土下座をして白状していた。
「ごめん、嘘ついた。伊咲を家に送る途中で未来に会って、そこで写真を撮られて、なんか分からないけど、後ろめいたい気持ちになって真白に言えなかった……裏切るような行為をしてすまない!」
「…………えったったそれだけ?」
「えっ……あ、うん。それだけだけど……」
「はあ~そんなことぐらいで、そんなに神妙な顔しないでよ。何事かと思ったじゃない。てっきり、浮気でもされたのかと……」
「いやいや浮気なんてするわけないだろ。こちとら彼女と呼べる存在は、真白がはじめてだっての。そんな俺が自ら危険地帯に足を踏み込むわけねえ。それにおまえ以上に大切な人なんていないし……って、俺は何を口走ってんだ……はあアルコール怖い……」
「もう土下座はいいから。お風呂入ってきたら」
誠意が伝わったらしく真白はそそくさと居間に戻っていった。
最初から素直に話していれば、こんな思いをしなくて済んだ。
あと単純に酒に弱すぎる、辰爾と朝まで飲み明かしてたのが嘘みたいだ。この数年間で俺のアルコール耐性は初期値に戻ってしまったようだ。
自分が酔っているかどうかの判断すらつかないほど、弱体化しているとは思いもしなかった。あんな醜態を二度と真白に見せるわけにはいかない。せめて酒の匂いをかいだだけで酔わない程度には耐性をつけないと。
スーツをハンガーラックにかけて脱衣所の扉を開けようとしたところで、また声をかけられた。
「ねぇそういえば撮られた写真ってどんなのだったの?」
「……ああ写真か? 俺が伊咲の頭を撫でているところだったと思うけど」
ピシャリと空間に亀裂が入る音がした。
「博希、正座……」
その場で膝を折り真白に視線を送る。
「ちがう、そこじゃない……」
真白は首を左右に振り博希が座する場所を指定する。
その真っ白な指先は玄関口を指し示していた。
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