第49話 新年会
働きたくないでござる、その思いが社員たちの体を通じてオーラとなり社内に漂っている。仕事納めとは真逆。仕事始めとは、誰もがその負の感情に負けてしまうものだ。特にゾンビ化していた頃とは違い、血が通ってしまった今だからこそ、余計にそう感じてしまうのだろう。
だからといって、元に戻りたいかといえば答えは否だ。あーだこーだ語りつつも、新年の挨拶を交わしたり彼らと肩を並べて業務に励む。怠惰の妖精は、出社して数分の間に跡形もなく消えていた。
正月と同等レベルで過ぎ去り、気づいた時にはもう週末となっていた。
花の金曜日だというのに、博希はとある居酒屋にいた。十人は余裕で座れる広々とした個室で、しかも掘りこたつタイプときた。居酒屋だからメニューも酒の肴のようなものが多いが、その一品一品が、途轍もなく旨い。酒でも白御飯にも合う完璧な味付け。最高に居心地がいい。それは確かなのだが……。
昨年は会社の転換期だったということもあって忘年会は行わなかった。なので、今年の新年会は忘年会も兼ねているらしく、どうしても社員全員に参加してほしかったらしい。全額会社負担どころか、参加者には謝礼金まで用意される。そのうえさらに譲歩して、会社全体ではなくて部署ごとに行っていいというお達しまで出た。そこまでされたら出席せざるをえないというもの。
下位社員が飲みの席に呼ばれたのは今回が初なんだけども。
「これも美味しいですよ、先輩!」
「倉持君、これも絶品だぞ。さあ食べたまえ!」
「あっはい、いただきます……」
博希の取り皿に次々と料理が置かれていく。乗りきらないと判断すると、次の取り皿が用意されまたそこに容赦なく置かれる。
「倉持君も酒が呑めたらよかったのにな……っと、これはアルハラになるか、すまんすまん」
「いえお気になさらず、自分にはこれがあるんで!」
こんもりのお茶碗をかざし高らかに答える。
隣席には伊咲璃奈と、全くの別人と化した上司が座っている。無礼講どころの話ではないし、明らかにこの席は上座。この状態で『お先です』と帰宅できるほど、博希の心は頑丈ではないし、場の雰囲気を壊すようなこともしたくない。
それにこの新年会の幹事は伊咲だ。彼女のためにもここは座して、お開きになるその時まで待つしほかない。ただ待つだけというのも耐え難い。が、わくような面白い話もできないし酒も飲まない、となると博希が出来ることはただ一つ。運動部の高校男児がごとく飯をかっ込む。
その様子をおかずに同僚たちはというと、揃いも揃ってニヤケ面を浮かべ酒を煽り肴を摘まんでいる。
(今に見ておれよ、次はおまえたちの番だ)
博希の心にドス黒い感情が芽生える。この食いしん坊キャラはただ場を和ますだけに演じているわけではない。もう一つ重要な理由があった、そのことに彼らは気づいていない。伊咲に被害が出ないように考慮しつつ、博希はその刃を研いでいく。キラーパスを送る、その絶好のタイミングを見計らう。
(酒が呑めないという免罪符が俺にはあるが、おまえたちはどうなのかな……?)
夜が更けていく、酒をたらふく飲んだことで次第に理性の鎖は緩み解ける。後顧の憂いも断っているし、あとは好機を逃さないように心がけるのみだ。
(吞め呑めと酒を注ぐアルハラ上司が誕生する、その刹那を見逃すな……)
途中、伊咲には前もって支払いを済ませるように言って席を外させた。そのタイミングでこちらもトイレだと席を外し作戦を伝える。すると言い終わるよりも早く快諾してくれた。彼女は何かと理由を付けて、終始酒を飲まないように努めていた。その行動を観察していた博希は、彼女なら必ず協力してくれるだろうと踏んでいたのだ。
そして――決行の時、来たれり。
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