第48話 正月はまったりと
強制収監されること一時間後、博希は釈放された。
足元が揺れないことを感謝しつつ大地を踏みしめる。
「……スーハー、空気うめぇ」
「こんな美人ふたりと一緒に乗っとったくせに、なんやその反応は? ほんと女心のわからんやつやな」
「元はといえばおまえのせいだろうが、あんなに暴れまわりやがって、内外の気温差で窓は曇るは酸素も薄いしで、後半地獄だったぞ」
「……そうやったかな? まあええわ、んじゃうちは先に帰るな。お二人さんまたな~」
悪友は嵐のように近づき嵐のように去っていった。その帰り際だけは、飛ぶ鳥跡を濁さずってことで一度も振り返ることもなく観覧車をあとにしていた。
その後ろ姿を見送りながら真白は感想を述べる。
「……博希って変な友達多いよね。これが噂に聞く、類は友を呼ぶってやつ?」
「あれ、おかしいぞ? それだと俺も変なやつに含まれないか……」
「自分の胸に手を当てて考えみればいい。なんか疲れたし、私たちの家に帰ろう」
「ああうん、そうだな……俺もどっと疲れたわ……」
陽キャのバケモノとの対峙は、予想以上に真白の体力を削った。あの人目を憚らず抱き着いてきたり、止まることのない言葉の羅列、通称“聞いて聞いてモード”すらも発現しなかった。ここまで彼女を疲弊させた人物は前にも後にも、未来しかいないだろう。
互いに口を開くことも顔を見合わせることもなく帰宅した。
帰宅後も特に会話もなく風呂に入って床に就く、その数秒後には隣からスースーと寝息が聞こえてきた。彼女の体温を感じながら目を閉じる。
ふわり出汁の香りで目を覚ます。
昨日はベッドに入るとすぐに寝てしまった。夢すら見ないほどの熟睡っぷりだった。普段なら真白と今日あった出来事を話し合ったりして、ゆったりとした時間を感じながら眠りに入るのだが、昨夜の未来襲来等により遊び疲れてしまったようだ。
「……でも、あんなに遊んだのは久々だったな……」
「なに朝っぱらからぼやいてんの? まだ寝ぼけてる?」
キッチンの方から冷めた声でツッコミが入る。
正月だというのに、真白はいつものように朝六時に起床し朝食を用意してくれていた。会社も休みだし、そんなに早く起きなくてもいいと前もって言っているのだが、彼女はこれがルーチンだからと断固として聞き入れてもらえなかった。
そこまで博希が熱心に交渉した理由、そのなかにはもちろん下心がある。真白の再会したあの日以降、真白よりも早く起床したことがない。油断しきったあの天使の寝顔を、ここ一か月近く拝めていないのだ。昨夜はその貴重な機会に恵まれたというのに、睡眠欲に負けてしまいその好機を逃してしまった。
「……ぼやいてねぇよ。ちょっと昨日のことを思い出してただけ、楽しかったなってな」
「うん、私も楽しかった。それで? 麗しの奥様に何か言うことはない?」
「確かに、朝一番に言うことだったな。ではでは……改めまして、おはよう真白。今日も可憐で美しいよ。女神を妻に迎えることができて、俺は世界で一番の幸せ者だ」
居間とキッチンへと続く廊下の間には扉があるが、いま現在閉じられている。寝ている博希を起こさないためにと真白による気遣いによるものなのだが、それによりその博希の位置からでは、どうあがいたところで真白を視界に収めることは不可能。
つまりそれが何を意味するのかというと、先の言葉は出まかせ。まぶたに焼き付いた新妻の像を思い浮かべて発しただけである。
「そ、そこまで言えとは言ってない……ぐぬぬぬぬ……はあ、おはよう博希。ご飯の用意はできてるから、さっさと顔を洗ってきなさい」
「あっははは……そっちが先に仕掛けてきたんだろ? というか、おまえ攻めるのは得意なくせに、攻められるの本当に苦手だよな。まあそこがまた愛らしくて好きなんだけどな。っとあんま言い過ぎると、あとが怖いんで大人しく顔洗ってきます」
「うん、その方がいい。危うく恥ずかしさのあまり得物を取り出すとこだったから……」
「……あっはい」
定期的に行われるイベントを昇華しつつ正月二日目が始まるのであった。
元日は全力をもって遊びまくったこともあり、今日は外出をせず真白と家で過ごすことにした。テレビを見たりゲームをしたりと、昔なら考えられなかったであろう悠然な時間。
悠久に続くかと思っていた、その至福の刻はあっという間に終わりを迎える。
四日ぶりの出勤となる一月五日、魔の月曜日がはじまる。
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