第39話 年間パスポート
そこでようやく真白が何をしていたのか理解できた。辰爾が来たことを知らせるためアイコンタクトを送っていた。普通に言えばいいのに、なんでこんな面倒くさい伝え方を選んだのか。不思議でならない。
「おそよ~、辰爾君。誰でしたっけ? 『朝十時に集合。遅れたやつは全員の年パス購入な』とかって煽ってきたやつは?」
「遅れたのはあたしのせいじゃないっての、そこのバカ姉が、寝坊したからこうなったんだっての!」
辰爾に手首を掴まれて、ぐったりと項垂れる実弥の姿があった。自分の走力の限界まで走らされたのか、息も絶え絶えで目も虚ろになっている。
「……おはよう、二人とも……今回は、今回だけは、こいつの言うとおり私が全部悪い……」
「おはようございます。実弥さんが寝坊するなんてめずらしいっすね」
「辰爾おはよう、実弥おはよう……実弥顔色すごいけど大丈夫……?」
「ああ問題ない。ちょっと捗ってしまってな、気づいた時にもう日が昇ってただけだ……私の話はいいから、さっさと入ろうぜ」
「もう少し休憩してからでもいいっすよ。チケット買うにしても、あの人混みを抜けるのはきついし、そこのベンチにでも座っておさまるのを待たないっすか?」
「休憩はいらん。それにだな、私らにはこれがある!」
実弥はスーツの胸ポケットから長方形の紙を取り出すと、一人一人に配り出した。表面にはウェアハウスランドのロゴが描かれていて、裏面には発行日とか有効期限などの日付が書き込まれている。
どこからどう見ても年間パスポートにしか見えない。
「実弥さん……これは、最初っから遅刻する気満々だったってことっすか?」
「うなわけねぇだろうが、遅刻する気は毛頭なかったよ。ただ誘ったのは私らだし、チケット代ぐらいは出そうってことになったんだよ。もうちょいカッコイイ感じで渡す予定だったんだがな、そっちはミスったわ」
「本当だよ。こんなことになるなら、あたしが渡すべきだった。なんであの時、あたしはグーを出したんだぁ!」
「はっはは……ざまあ辰爾ぃ~」
「博希ちょっと待っててくれ、このバカ姉にお灸をすえてくっから!」
「その言葉をそのまま返してやるぜ、可愛い可愛い辰爾君♪」
一触即発な状況。体格的には明らかに辰爾に分があるが、この姉弟喧嘩に限っていえば、その勝敗は一勝六十八敗と、勝利の女神は姉びいきであった。全力でヘッドロックをしても博希は、何も感じないほどの非力の持ち主。にもかかわらず実弥が勝利できている理由。それは、毎回ディベートで勝敗を決めているからだ。
辰爾は女子高生の相談相手として積み重ねた経験により弁が立つ。だが、それ以上に実弥は同人作家としてコスプレイヤーとして荒波に揉まれたことで、常人ならぬ精神力と相手の心をへし折る方法、言葉選びを習得している。
ピリピリと張り詰めた空気が漂うなかで、固唾を飲んで見守っていた博希は急に袖を引っ張られる。振り向くと真白が小難しそうな顔をして年パスを見つめていた。
「……どうした真白? なにかあったか?」
「博希、これ貰っていいの? 私お金払ってないよ?」
「貰っとけ貰っとけ! これは二人からの少し遅めの誕プレだと思って、ありがたく頂戴しとけ!」
「……うんわかった。辰爾、実弥二人ともありがとう。大切にする」
休戦の女神が舞い降りる。
御言葉が刺賀姉弟の耳に届くやいなや、二人は握手を交わして仲直りにしていた。ここで無益な争いをしては、真白が悲しむと瞬時に悟ったのだろう。だが、俺は見逃さなかった。笑顔をつくっているが、目だけは笑っていなかったことを。
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