第38話 ご当地テーマパーク
エンゲージの儀式を執り行ってからというもの、真白は事あるごとに左手を眺めるようになった。ただ眺めるだけならまだしも、にへらと笑みを浮かべている。あの冷徹な暗殺者の顔はどこに捨ててきたんだというぐらいに、ここ最近はそのだらしない顔しか見ていない。
プレゼントした側としては、非常に喜ばしいことではあるんだけど、その行動が外出時にも行われる。人目を憚らず、その砕けた笑顔を向けてくるから余計にタチが悪い。気を張っていないと、伝染してニヤケ顔をさらしそうになる。
平日は婚約指輪をはめないようにしている。もし同僚とかに気づかれようものなら、質問攻め待ったなしだろう。他人に興味なしな社員が多かったブラック時代ならまだしも、和気あいあいなホワイトとなった現状においては、質問攻めに遭うのが目に見えている。刺賀姉弟だけでも怠いというのに、面倒このうえない案件を自ら提供するような行為は極力控えたい。
そのことで誰かさんは不服そうにしていたけど、そんなところでリスクを取るわけにはいかん。真白には悪いけど、そこだけはどうしても譲れない。俺たちの未来のためにも、ちょいとばかり我慢してもらうほかない。
あちらが不服に思っていることがあるように、こちらとしても不服に思っていることがある。それは、婚約指輪は率先して身につけてくれているが、もう一つの方を全然身につけようとしないことだ。手渡したその日ですら、箱を開けて一瞥しただけですぐに閉じていた。表情から察するに喜んでいたのは間違いとは思うのだが、クリスマスの時でさえも首にかけてなかった。
「……絶対に、似合うと思うんだけどなぁ」
「なんの話……?」
隣を歩く真白が独り言に反応して問いかけてきた。
「今日ぐらいネックレスつけてくれても良かったのにな……って、ぼやいてただけ……」
「そんなにつけてるとこ見たかった?」
「そりゃそうだろ。チラ見して即仕舞われた俺の身にもなってくれよ……」
悲哀に満ちた表情で真白に告げると、顔色が徐々に青ざめ始めた。逆の立場にたって想像したはいいものの、思っていた以上に辛かった。たぶんそんなところだろう。感想を聞かずともあの顔を見れば一目瞭然だ。
「…………確かに、私だったら耐えられないかもしれない」
「だろう……?」
「でも無理、今日は特に無理。万が一にでも無くしたら、私きっと立ち直れない。でもいつかきっとつけるから、その時まで待ってて」
「しゃーない、それだけ大切にしてくれているってことで、いまは納得しておくよ。で、待ち合わせ場所に来たのがいいが、肝心の誘ってきた二人がいねぇと……」
「チケットとか買いに行ってるとか?」
「あり得るな、着いたって連絡だけ入れとくか。それにしても、新年早々に遊園地とか去年なら考えられなかったな……」
スマホで手早く連絡を済ませて巨大なゲートに目を向ける。沢山の人がそのゲートをくぐろうと列をなしている。どこから並べばいいのかと頭を抱えそうなほど人混みが凄まじい。
平日でもアトラクション六十分待ちは普通なほど大人気な遊園地なのだが、今日は特に人海戦術という四字熟語が脳裏をよぎる。
その理由についても見当がついている。この町に暮らす人で、その理由を知らない人はモグラだと言われるほど、誰しもが知っている一般常識だ。
倉神町民は初詣を終えると、その足でこの遊園地で赴き日が沈むまで遊び尽くす。ただし、正月を休める人に限る。この注釈だけは忘れてはならない。
倉神町の南東沿岸部にある、町民たちを魅了してやまない、このご当地テーマパークの名は【ウェアハウスランド】。かのグラッセ大御門と同じ会社が運営している。倉神町の“倉”をそのまま英語読みにしただけという何とも愛想のない名前である。だが名前だけで判断するのは勿体ない。
刺激的なアトラクションの数々に、パーク内で振舞われる高級料理店顔負けの料理。お持ち帰りしたくなる魅力的なグッズと、そのどれをとってもクオリティが高いのだ。そのくせお値段抑え目でリーズナブル。しかも町民割引までもあるときたもんだ。どんな大人だろうが童心に戻れる、倉神町民にはなくてはない夢の拠り所。
倉神町民にとって切っては切れない場所なのだが、博希は社会人になってからたったの一度もこのゲートを通ったことも、この地に足を運んだことすらない。理由は言わずもがなである。
「寝正月とかだった?」
「いや普通に仕事してた。だから、いまここにいるのが不思議でしかたない」
「そぉ……」
「はいそこ、殺意漏れてっぞ」
「私としたことが……」
「でもま、俺のために怒ってくれて、ありがとうな」
「ぐはっ!? その不意打ちは卑怯」
吐血モーションを繰り出してきた。片膝をつき口を押さえている。その状態でフード越しに上目づかいで、こちらの反応を窺っている。
気づかない振りをして放置していると、しきりにまばたきをし始めた。独特なまばたきの仕方に首をひねる。両目じゃなくて、なぜか片目だけを開閉させている。さらに放置を続けていると、最終的に片目を瞑りゲートとは反対方向を指差し出した。
(……どういう意味だ?)
ジェスチャークイズに頭を悩ませていると、後方からドタバタと駆け足とともに「わりぃ博希、真白ちゃん。遅くなった!」と、聞き覚えのある声が聞こえた。
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