第37話 婚約指輪
見たこともあるし、何度か『似合っているか』と訊かれたこともある。なのである程度は耐性ができていたはずなのに、今回ばかりは心がざわめいてしまう。喉が渇き目が離せない。今日という日がそうさせるのか。雄としての本能が駆り立てられて仕方がない。
少しでも気を抜けばトリガーを引きかねない。だからこそ逆転の発想でいくことにした。思ったことを全てぶちまける。感情を吐き出すことで理性を取り戻す。その名も、赤面まっしぐら諸刃の剣作戦だ。
「真白の白い肌に、その透かした黒色が映えて……ああもう似合ってる、似合いすぎだろ。ああもう俺の嫁、エロいし可愛いしでどうなってんだよぉぉぉ!!」
「そ、そこまで言われるとさすがに恥ずかしい。あんまりジロジロ見ないで、博希……」
「ああくそ、その恥じらう仕草とかも最高すぎんだろうがよおぉぉぉ!! 頭おかしくなるわあああぁぁぁぁあ!!!」
感情の赴くままに吐露したことで、理性が主導権争いに勝利した。まずは真白の服装があまりにも目の保養もとい目の毒すぎるので封印を行う。今日はもう見納めかと思うと、ほんのちょびっとだけ寂しくはあったが、封印状態はそれはそれでロマンがある。
博希の部屋着は寝間着を兼ねている。一緒に暮らすことで、真白もまた真似るようになっていた。そこで今後の生活に支障が出る問題が発生した。真白の就寝時の姿は下着のみ、他には何も着用しない。ストロングスタイルだ。
真白曰く、これでも妥協しているようで、本当は全裸で寝たいとかほざいてきた。彼女の師匠が苦言を呈していなければ、心労で倒れていたかもしれん。
だからといって、下着姿で平然と部屋をうろつかれるのも目のやり場に困る。そこで提案したのが件の封印だ。その封印法だが、ただ単にシャツを上から着るだけである。本来なら、下も穿いて欲しいところではあったが、頑なに拒んだため折衷として上だけ着てもらうことにした。
てっきり自分の服を着ると思っていた博希は、そこでまた驚愕の事実を知る。真白は収納ケースから無作為に博希のシャツを取り出すと、そのまま着だしたのだ。
あのまことしやかに囁かれていた『彼シャツ』が披露された瞬間であった。それ以降、部屋着として真白はこのスタイルを貫いている。
熱暴走からの急速冷却により、精神統一したかのごとく平常心を取り戻していた。顔を覆いたくなる失態、両者ともに大ダメージを負う結果とはなったが、そのおかげで二人の絆はさらに深まり、今まで以上に何でも話し合えるようになった。
対面には封印を施した真白が座している。
「……あーえっとだな、まず一つ確認したいのだが、辰爾の入れ知恵によるものであっているか?」
「う、うん。クリスマスにこれを着たら、イチコレだって辰爾が、それで約束破っちゃった……ごめんなさい……」
やはり辰爾が一枚噛んでいたか。ちょこちょこ真白が【泡沫の恋】に通っているのは知っていたけど、まさかそんな奥の手まで用意していたとは。まんまと策略に引っかかるところだった。
とりあえず辰爾を処すのは確定だ。ただその慧眼は見事と言わざるを得ない。というか、あいつに趣味嗜好を隅々まで知られていると考えたら、なんか友達やめたくなってきたかも……。
「謝らないでくれ、真白が悪いわけじゃないさ。ただできれば、ああいうのは控えてもらえると助かる。心臓がもたない……」
「わかった……もう二度と着ない……博希との約束は違えないとここに誓う!!」
黒いレース生地のネグリジェ。胸部や腹部あたりが薄く仕立てられていて、透けて肌が見えるようになっている。真白はこれを下着と判定しているようで、その下には何も身につけていない。それも相まって、実にけしからん装いをしている。でもやめてほしい欲しいわけじゃない。時と場合を考えてほしいという意味で言ったのだが、あの覚悟が極まった表情からしてもう後戻りはできなさそうだ。
「……えっあ? それは、困るというか……ああうん、そうだな。で、ですね……真白さん」
「かしこまって、どうしたの博希? ま、まさか一緒に寝ないとか、また言い出したりしないよね!?」
「うなこと言わねぇよ。じゃなくてだな……今後ともどうぞよろしくって意味で……」
右手を差し出し真白の真ん前で開ける。そこには博希がずっと握り締めていた例の物があった。手汗により手の跡がくっきりとついた五センチ角の小さな箱。ベルベットのリングケース。
状況を飲み込めず当惑する真白に、続けざまに博希は左手で蓋を開ける。そこには彼女の髪色そっくりなサイズの異なる銀の指輪が二つ収められていた。
「……コレナンデスカ?」
急に片言で話し出した。
見た目も相まって違和感がない。
「何って見て分かんだろ。婚約指輪だよ……つ、つけるぞ……」
小さい方の指輪を手に取ると、硬直する真白の左手の薬指にはめる。
わなわなと手を震わせて指輪を見つめる真白に、博希は空いた左手を差し伸べる。
「次は真白の番」
「ワカリマシタ……」
片言どころか機械音声と化しながらも真白は、ケースに残った指輪を震える手で掴み、先ほどしてもらったことを行う。
むず痒すぎる雰囲気が二人を包み込む。
時が止まったかのように、博希と真白は俯きだんまりを続けている。俯いたその先には、二人を祝福するかのように指輪がキラリと光を放っていた。
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