第35話 猫にマタタビ暗殺者にケーキ
飼い猫が足音で飼い主の帰りに気づき玄関口に向かう。
博希が胸に抱いたものはまさにそれであった。
「おかえりなさい」
「ただいま。今日も俺の負けか」
「博希が私に勝てるわけ……ない……」
真白はオシゴトで培った技術をここぞとばかりに発揮していた。ただ普段よりも幾ばくか出迎えのテンションが低い。その理由については見当しかつかない。甘露な誘惑をまん丸な瞳を向ける猫のように、真白の視線は俺の右手にそそがれていたからだ。
右手をゆっくりと動かしてみると、目で追っているのが見て取れる。そのうち飛びかかってきそうな気配する感じてしまう。
(暗殺者って、猫なの……?)
今回に限っていえば、事前に鍵を手元に用意していたら真白よりも先に開扉できたかもしれない。そうすれば彼女の悔しがる顔が見れた。そのことだけは少し心残りではあるけど、それ以上に良きものが見れたのでヨシとするか。
「そろそろ入っていいか?」
「えっ……ああごめん。お風呂も沸いているけど、先にご飯にしとく? ご飯でいいよね? ご飯食べよう!」
正直のところ今すぐにでも風呂に入りたい。だけど、そういうわけにもいかなさそうだ。真白の言葉の裏にある“ケーキが食べたい”を優先するべきだろう。
ケーキ欲に支配された真白を説得するのは少々骨が折れる。それにそんなことで、せっかくのクリスマスを台無しにするわけにもいかない。そう思った時にはもう屈服し口から言葉が出ていた。
「お、おうそうだな。腹ペコだし、先に夕飯にしようかな」
「合点承知っ! ケーキ預かるね、なにぼさっとしてるの博希? ほらさっさと手を洗ってきて!」
「……承知しました」
奪い取るようにケーキを回収された。懇切丁寧に両膝を床につけて、この時のために空けておいた冷蔵庫のスペースに収納する。
その儀礼的な真白の行動を横目に博希は洗面所へと向かうのであった。
「……ごちそうさまでした。ふぅもう何にも入らん」
「お粗末様でした。さてと、ケーキ食べようよ博希っ! 博希はどれにする? 私はあの栗のやつにするぅ~!」
真白は煌々と目を輝かせてケーキを選んでいる。
今回博希が購入したケーキは全部で七個。メインは前回購入したホイップクリームたっぷりのイチゴのショートケーキをホールで一個と、残りは店員お勧めのカットケーキ六種セット。
甘い物は別腹とかいうけど、残念ながら俺の胃にその機能は備わっていないようだ。いまの状態で口にしようものなら、原形を留めた状態で吐き出されるかもしれん。風呂に入るのすらも現状だと危うい気がする。消化されるまでの間、何もせず安静にしておいたほうが良さそうだ。
「……あっいや、俺はあとでいい」
「そうなの? じゃ博希の置いとくから、どれが食べたいか教えて?」
「あーえーっと、そうだな……そのティラミスかな?」
「だけ……?」
予想外の言葉に真白は困惑しているらしく、バケモノでも見るかのような視線で問いかけてきた。平時ですらカットケーキ一個で十分だというのに、腹が千切れんばかりの状態では選ぶどころか、視界に入るだけでも厳しいものがある。
「ああうん、これは真白のために買ってきたしな。俺はそれとあのホールケーキだけでいいよ。残りは全部おまえのものだ」
「――博希の気持ちは嬉しいけど、私は博希と一緒に食べたい。だから、全部半分個ずつにしよう!」
「そ、そっかあ~。真白は優しいな」
「任せて博希、全部一ミリの狂いもなく切り分けるから♪」
「…………ああうん、ありがとう」
真白の優しさに胸が絞めつけられる。
今この状況下においてはただの死刑宣告。
血糖値スパイクによる眠気が襲いかかる。にこやかな笑みを浮かべてケーキを頬張る真白の姿が半開きの目に映る。
俺と同量近く夕飯を食べていたというのに、本当にあんなか細い体のどこに入っているのか。真白が着ている四次元パーカーもそうだけど、胃も異空間にでもつながっているんじゃないかとさえ思えてくる。
七面鳥の丸焼きに、パスタやピザといった炭水化物のオンパレード、大皿いっぱいのグリーンサラダ。それらをたらふく食べたあとの食欲とは到底思えない。
(いやマジでお見それしました……)
最後まで読んでくれてありがとうございます。
面白いな続きが気になるなと思っていただけましたら、是非ともブックマーク、評価、いいねの方よろしくお願いします。作者の励みになります。
特に★★★★★とかついた日には作者のやる気が天元突破します。
他にも色々と書いておりますので、もしよろしければそちらも一読していただけますと幸いです。




