第22話 暗殺者はUR
手荷物が増えたことで、手を握ることは物理的に不可能となった。そのことで真白は血涙を流すがごとく残念がっていた。このまま一旦帰宅するという手もあったが、それだと肝心の彼女への誕生日プレゼントを購入する機会を失う。
真白だけを残してもう一度ここに来てもいいのだが、大人しく留守番するとは思えない。彼女のことだ暗殺者らしく気配を消して尾行してくるに違いない。サプライズの部分を諦めれば済むのだが、どうしても最初だけは是が非でも行いたい。
さて、そうなってくると……どうやって彼女と別行動をするかという話に戻る。そこで思いついた策が、刺賀姉弟の姉に真白を紹介するついでに預かってもらうというものだ。
その間に単独でプレゼントを購入して何事もなかったかのように合流する。
ショッピングセンター内は暖房が効いているから、そのままだとケーキも痛んでしまう。あそこなら裏に冷蔵庫もあるし誕生日ケーキを避難させるのにも丁度いい。
我ながら完璧な作戦じゃないか。あーでも、あんまりあの人に真白を近づけたくはないってのも正直ちょっとある。いい人なんだけど、あの言葉遣いがなー。移らないよな……大丈夫だよな。そこだけが不安だ。
ヤサグレ真白もそれはそれで可愛いのは間違いないのだろうけど……というか、ご機嫌斜めの時とあまり変わらないではないか。そう思った瞬間に、実弥さんに預けても何一つ問題ないことに気づいてしまった。
本来の予定ではもっと早く真白を実弥さん紹介するはずだったが、あの問答の後で気恥ずかしさもあり、彼女を紹介もせずにその場を離れてしまった。
その程度であの人が機嫌を損ねるとは思えないが、刺賀姉弟の片割れだけ真白を紹介しておいて、もう片方に紹介しないのは友人として道理に反する。と、なんかそれっぽい感じで自分自身を言い包めながら早速実行に移す。
カランコロンカランと店内に来客を知らせる鈴が鳴り響く。
その音を聞きつけた実弥が店奥から気だるそうに出てくる。手にはスケールではなくてタブレットとタッチペンが添えられている。もうすでに次回作の執筆をはじめているようで、チラリと見えた画面にはラフ画で描かれた立ち絵や、キャラの特徴などが書かれていた。
その様相はテーラーではなくて、完全に設定案を練っている作家としてのそれであった。
「いらっしゃいま……おっ、どうした博希、何か忘れ物か?」
「忘れ物というか。ちょっと荷物を預かって欲しくて」
「……辰爾のお姉ちゃん?」
興味深そうに真白はスーツ姿の実弥を眺めている。よくよく観察していると何やら首を上に下にと小刻みに動いている。
機械仕掛けの動きに博希は即座に閃いてしまった。
その可動域が顔と胸の間で固定されていたからだ。
真白は男装した実弥が女性だということに疑問を持っているらしい。
なんか面白そうなので黙って見守ることにした。ここで実弥さんは女性だと進言しようものなら俺が血祭りに上げられてしまう。
(口は禍の元ってな……)
実弥はペンをタブレットの側面に引っ付けるとレジ台の棚に置き、真白を訝しげを見つめながら近寄る。眼前まで近づいたところで、晴れやかな表情で上機嫌に語り出した。
「ほぉ~この子が噂の真白ちゃんか。容姿も声もSSRどころかURじゃねぇか、はぁ~博希おまえ前世どんだけ徳を積んだら、こんな子を娶れるんだよ。で、なんだって預かればいいのか?」
「この荷物と……できれば真白もお願いしてもいいっすか?」
「……えっ私も残るの?」
ここに来る途中に説明したはずなのに、真白は初耳のように訊いてきた。確かに言葉を濁した箇所もあったが、それでも理解してくれたものだと思っていたが、ただの脊髄反射だったようだ。
博希は実弥にも聞こえるように気持ち声量をあげて真白に預けるわけを話す。
「俺一人だけで行きたい店があるから買い終わるまで真白は、ここで荷物を見張っといて欲しいって約束しただろ?」
「記憶にございません」
真白はどこぞの偉いさんのように吐き捨てる。荷物で両手が塞がっていなければ、今頃俺の片腕は彼女によって占領されていたことだろう。
「このケーキはどうするんだよ? 持ったまま歩き回ったら崩れるかもしれないぞ? 真白は本当にそれでいいのか?」
博希は紙袋を真白に見せびらかして言い放つ。
この誕生日ケーキには、真白の大好物のホイップクリームが大量に使用されている。
口内にパフェが消えていくのを観察し続けたことで、特に好きな物が何なのか突き止めた。彼女は毎回ホイップクリームを全部平らげてから、フルーツやアイスに手を出していた。最初は最上段にあるからだと思っていたが、中段だろうと下段だろうとスプーンで器用にホイップクリームだけをすくって食べていた。蟻が巣を作るように、それはもう見事な空洞を作り上げていた。
「ぐぬぬ…………留守番する」
隣からクルミを殻ごと砕きそうな歯ぎしりが聞こえる。少女の口から出たとは到底思えないような地響きのような音だった。
外見とは裏腹の行動に作家様も興味津々なご様子。口元に手を当て魔法でも詠唱しているかのように、新たな設定を口から耳へと流し込み、右手は空中に何か文字を書き込んでいた。タブレットを回収して、書き記すのが億劫なほど没頭していた。
「そういうことなんで、俺が戻ってくるまで実弥さん。真白のこと頼みます」
「おぅ、ちゃんと選んでこいよ! ひろきくん」
「……はい」
博希はニヤける実弥の顔に苛立ちを覚えつつ同フロアにある装飾店に向かうのであった。
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