第17話 刺賀姉弟
「普通つっても、これがあたしの素なんだけど? しかたねぇな、博希の顔に免じて普通に話してやるよ。てことで自己紹介、あたしの名前は刺賀辰爾。博希の元同僚で親友だ。よろしくっ!」
「抜け切れてねぇよ……!」
見慣れているはずなのに毎回ツッコミをいれてしまう。
右目でウインクをして左目の前で逆ピースをつくり、その人差し指と中指の隙間からこちらを覗いてくる。思いのほか女子高生のウケも良かったこともあってか、いつしか刺賀辰爾の定番挨拶となった。
耐性の無い真白は一歩、二歩後ろに下がりながら「……ま、真白」と答えていた。得体の知れない者と対峙したことによる興味と畏怖が入り混じる複雑な心情に、当の本人も相当困惑しているようだ。
「真白ちゃんね。よろぅ~! じゃ博希この子預かるわよ。あんたは姉さんの相手でもしてきなさいな。さっきから手招きしてるのが、マジでウゼェから早急に行ってくんない?」
辰爾は手で銃の形を作り照準を実姉に向ける。なかなかの殺意マシマシで。その殺意は、真白が反応する程度には上々のものだった。
このオネエキャラと毒舌キャラを反復横跳びしている彼は刺賀辰爾。博希の元同僚であり、かのプレイリチュアル5を放置していった人物である。会社にいた頃はごく普通の好青年だったけど、家族経営している洋服店の一角を担うために退職してから様子が変わった。瞬く間に彼は一皮も二皮も剥けてこんな風に進化した。元々、可愛い物が好きなのは知っていたが、ここまで開花するとは思ってもいなかった。
高校生が同世代と見間違うほどの童顔、コミュニケーション能力による接客と圧倒的なセンスにより、今では女子高生から絶大な地位を確立しているカリスマ店長だ。
「わぁったよ、こっちも用事あるしな。悪い真白、そういうことだから、ちょっと手を放してくれないか?」
「……どうしても?」
「じゃないとスーツ買いに行けないし……な」
真白は右手を徐々に緩めながら最後には「やむ負えん」と武士のように言い放ち、博希の左手を解放する。
「ありがとうな真白」
「是非も無し」
まだ演技継続中のようだ。
「辰爾、真白のこと頼んだぞ」
「任せておけって、真白ちゃんにピッタリな服を用意してやるよ」
「予算は五万な五万、それ以上だと今はちょっと厳しい」
「はいはい、予算内で完璧に揃えておいてやるから安心して、あのバカ姉を止めにいってこい」
「おまえって……あれだよな。姉のことになると情緒不安定になるよな。じゃ真白あとでは」
「またあとで」
暫しの別れの挨拶として真白の頭をフード越しにポンポンと触れたのち、彼の姉が店長をしている姉妹店に向かった。
「お久しぶりです。刺賀さん」
「お久しぶりです。じゃあねぇよな~、博希君?」
博希が店内に入ると同時に彼女はヘッドロックをかましてきた。スーツにしわが寄ることなどお構いなしに全力で締めてきた。
が、残念ながら彼女は握力が一桁のザコ人間のため見た目に反して実際のダメージはゼロである。
「刺賀さん入店するたびにこれするのやめません? スーツ汚れますし、それに友人の姉の胸に頭を突っ込むのも人としてどうかと思うんです……」
「そう思うのなら少しは照れてみせろっつうの、それよりも訊きたいことがあるんだった。あのフード被った子っておまえの何なの? 手までつないで、すっげぇ仲が良さそうに見えたんだけど?」
この輩な女性の名は刺賀実弥、刺賀辰爾の二つ上の姉。男性よりもメンズスーツが似合う男装の麗人で、噂では奥様方により創設されたファンクラブまでもが存在するイケメン女子。スレンダー体型に関する言葉を一言でも発すると激ギレするトリガー持ち。店長兼コスプレイヤーとしても活動している。いま着ているスーツも彼女自ら仕立てた物だ。
その超越したオーダースーツが口コミで広がったことで、今では年単位での予約が必要な大人気テーラーである。
「ああ~言わなきゃダメっすか?」
「この状況で言わないとか、ありえねぇだろ」
元々スーツを購入するため立ち寄る予定ではあったが、ついでのように真白との関係を暴露するのは釈然としない。どうせなら、その情報に見合う何かがあっても良いんじゃないか。肝心のところだけは濁して、ダメもとで挑戦するだけしてみるとするか。
この人のことだから言わないとずっとこのままだろうしな……。あっ、そういや真白に口止めしとくの忘れてた。辰爾なら他言はしないだろうし、真白が口を滑らせたとしても問題ない。そういう点においては全幅を信頼を寄せている。
「言ったら何か特典とかあります? 実は俺もう一着スーツを買おうかと思ってまして」
「私相手に交渉してくるとはいい度胸だな。そうだな……じゃあ~二着目半額でどうだ?」
「もう一声なんとかなりません?」
「博希おまえ……結構辰爾に毒させてるよな。じゃ二着目無料にしてやるよ。それとクリーニング代の無料券も付けてやる」
思っていたよりもかなり譲歩してくれた。これで袖の死んだスーツも無料で蘇生してもらえる。なんだかんだ口は悪いけど刺賀姉弟は、毎回こうやって何かと融通を利かしてくれる。両店舗が大繫盛している要因は、良質の品を揃えている以外にも、二人の人柄によるものが大きいのだとつくづく実感する。
「それでこそ実弥さんっす。交渉成立ですね」
「そこで下の名前で呼んでくるあたり……本当に毒されやがるな。まあいいけどよ、まずは話せ。スーツを選ぶのはそのあとだ」
博希は真白との関係を言える範囲で、虚構を少し混ぜつつ実弥に話していった。
真白の両親が仕事で海外に出張することになり、娘を一人で家に置いておくのが心配だということで、従兄の俺が預かることになった。それで同居することになり彼女と必要な物を一緒に買いに来た。
ザックリと内容をまとめるとこんな感じだ。大雑把な設定ではあったが、実弥は疑うこともなく信じてくれた。少しばかり心が痛むが今はそうするほかない。
あとで、ボロが出ないように真白と話をすり合わせておくとしよう。協力者として辰爾を引き入れておくのも悪くないかもしれない。
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