第12話 暗殺者の手料理
料理ができるまでの間、テレビを見て時間を潰すことにした。時間帯的に仕方ないことなのだが、どのチャンネルもニュース番組ばかり放送している。芸能人がどうこうの話には興味がないので、とりあえず天気予報をしている番組に固定しておいた。
「最高気温が14度で最低が3度か。先週までの暖かな陽気はどこにいったんだよ。やっぱ今日からコートは必須だな」
ふとキッチンに目を向けると真白はエプロン姿になっていた。腰まである髪はシュシュで一纏めに括られていた。ストレートヘアも似合っていたが、ポニーテールもまた驚くほど似合っている。髪型一つでこれほど変化するとは、女性とは末恐ろしい生物だとしみじみ痛感する。
キッチンの方からはカチャカチャと玉子をかき混ぜる音やジューとハムが焼ける音が、食欲をそそる匂いとともに居間に流れてきたかと思えば、次に電子レンジがチンと鳴り温め終えたことを知らせてくる。
その音を皮切りに真白の調理は加速していった。温まったご飯をフライパンに入れて、事前にケチャップで炒めておいた具材にあわせる。
全体が赤く染まったところで皿に移しフライパンを空けて、油を引き直し卵液を流し込む。熱が通り固まり出したタイミングで、先ほど避難させていたケチャップライスを投下。
トントンと手首を叩きながら器用に玉子で包み込んでいくと、最後にフライパンに皿をかぶせて勢いよくひっくり返す。
オムライスの完成である――。
「お待たせ、さあ食べて博希」
真白は完成した料理をテーブルに運ぶと、キッチンに戻り後片付けをし始めた。
洋食店も顔負けの綺麗な流線形をしたオムライスだった。黄色いキャンパスには、ケチャップでハートマークが描かれていた。水道水の入ったコップにはスプーンが刺さっている。そこだけは喫茶店っぽい雰囲気を醸し出していた。
「いただきます」
スプーンを手に取りオムライスの横腹に向けて手を動かした。ふわっとした感触がスプーンを通して伝わったところで手を止めた。
博希が腹の虫が鳴るほど空腹なのに待てをしたのにはわけがあった。真白の行動が不可解に思えたからだ。食材的にも厳しいのは分からなくもないが、それでもレトルトご飯の在庫はまだあった。なのに彼女はテキパキと後片付けをしている。
食卓には一人前しか用意されていない。
彼女自身のオムライスがそこにはなかった。
「……真白の分は?」
率直な疑問を投げた。
「私は朝食べない」
真白は手を休めずにその場で振り向きそう答えた。
「俺だって普段は朝食わないよ 。いや、そう言うことじゃなくてだな……」
「博希が何を言いたいのか分からない。早く食べないと冷める。玉子が固くなるとオムライスの魅力の九割が損なわれる」
オムライスに関して何か思うことがあるのか真白は熱のこもった口調で語っている。
「それは分かるんだけども……」
「……なに?」
目は据わり頬は膨らんでいる。声にせずとも分かる“さっさと食え”という恐々としたものを感じる。
「俺が言いたいのは……俺たち夫婦なんだし、ご飯も一緒に食べるべきだと思うん、だ……」
真白は一点を見つめ無表情になった。ただその間も手だけは一寸の狂いもなく動いていた。それぞれ所定の位置に戻し終わると、スプーンを片手に飛びかかってきた。
「……ふうふ……夫婦! 博希と一緒に食べりゅ~!! お風呂も一緒に入りゅ~!!!」
「前半はヨシ、だが後半はダメだ。あと危険だからスプーンを持って抱き着くんじゃない。食べさせようともするなぁ!」
事前にテーブルから離れておいて正解だった。危うく人生初めての妻の手料理を台無しにするところだった。
真白が幼児化するスイッチを見定めるためにも、今後も色々な条件で試してみるのもありかもしれない。お互いに何も知らないのだから、そうやってじゃれ合いながら知っていくのも面白そうだ。
その後、オムライスを真ん中から半分に分けて美味しくいただいた。ハートが真っ二つに切り裂いた時の真白の威圧感は、昨夜の追いかけっこに匹敵していたが、一口食べて『美味しい』と感想を述べると、直ちに顔は綻び圧も消えた。
実際に冗談抜きで真白のオムライスは絶品だった。冷蔵庫にあった酒のつまみのような食材。オムライスとしても材料が不足しているにもかかわらず、あの出来栄えにただただ驚くばかりだ。
食材の火の通し方もそうだし、味付けもケチャップと塩コショウしか使っていないはずなのに、複数の調味料が使っているようなコクや旨味があった。
この一食で真白に胃袋を完全に掴まれてしまった――。
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