第11話 鎮静の儀
今度はこっちが停止した。顔だけじゃなくて全身もれなく。
冷や汗をかきながら博希は、その質問に対して質問をさらに投げかけた。
棒状の硬い物質に触れていないと浮かびそうにない、その質問の意図を知るために。
「な、なんでそんなことを聞くんだ……?」
「博希リモコンを握り締めたまま寝てた。私も寝る時なんか抱きしめてないと眠れない。だから博希の癖はそれなのかなって?」
「……そ、そうなんだよ。硬いの握っていないと眠れない体質なんだ。じゃそういうことで、風呂行ってくる」
「あ~うん、行ってらっしゃい」
動揺しまくり無茶苦茶な言い訳をしてしまったが、どうやら上手いこといったらしい。
(シュネーク、俺に力を……)
掛け布団から出ないように気を付けつつ横方向に転がり落ちる。ベッドに背を向けるように立ち上がり、衣装ケースから下着を見繕い、死角になるように洗面所の扉を開ける。
その不自然な動きを訝しげに見つめながら真白はぽつりと呟いた。
「……リモコンってあんな形だったっけ?」
背後から恐ろしい独り言が耳に入るなか、博希は扉を後ろ手に閉めるのであった。
衣服を脱ぎ捨て洗濯機に投げ込み浴室に入ると、シャワーの蛇口をひねり愚息に向けて冷水を最大出力で浴びせる。
一分近く浴びせ続けたところで愚息は冷静さを取り戻した。そこから温水に切り替えて全力で冷え切った身体を温め直す。
「クシュン……」
さすがに荒業すぎたのか、表面上は温かくはなったが芯がまだ凍えるように寒い。クシャミも鼻水も震えも止まる気配がない。自分の体じゃないようだ。
朝にシャワーを浴びたとしても大体十分前後で完了するのだが、もうすでにその時間を超えてしまっている。まだ髪も洗い終えていない、まだ十分近く追加でかかりそうだ。
居間に戻ってくるまで三十分を要することになった。
真白はというと完全にもうお目覚めになっていた。純白の服を身にまといベッドに腰かけて足をぶらつかせていた。
テレビに目を向けてはいるが、特にこれといった番組がないようでチャンネルを高速で切り替えていた。リモコンのボタンを押す、その親指はリズムゲーでもしているかのように軽やかな動きをしていた。
カーテンは全開で窓からの日差しが部屋全体を、真白を照らしていた。暗がりでもあれほど綺麗な顔立ちだったものが、日に照らされたことでそれがより鮮明に美しく映えて見えた。
特に澄んだ青海のような碧眼には、吸い込まれそうな魅力があった。実際に見惚れてしまい少しの間、双眼が彼女の瞳から離れなかった。
「……ごめん、ちょっと長湯しちまった」
「それは別にいいんだけど、博希クシャミしてたけど大丈夫?」
「ああ大丈夫だ、問題ない。で、朝飯どうする? コンビニにでも買いに行くか?」
「……博希はご飯、作らないの?」
調理器具は一式揃っているが、久しく料理はしていない。わざわざ労力を費やしてまで自炊したいとまで思わない。使い切れなかった食材を捨てるぐらいなら、最初から出来合いものを買ったり外食した方が精神的にも楽だ。
「できなくはないが、仕事から帰ってきて料理をするのが面倒で最近はやってない。別に作らなくても、どこでも食えるしな」
「ふ~ん冷蔵庫見ていい?」
真白はベッドから飛び降り、こっちが返答するよりも早く冷蔵庫を開ける。ほとんど食材が入っていないことに嘆息しつつ物色している。
日持ちがしない物は基本的に買わないのが一人暮らしの鉄則だ。レトルトやカップ麺、それらの付け合わせ目的での卵や漬物にチーズ、ハムやベーコンといった加工肉。目ぼしい物といったらそれぐらいで、あとはマヨネーズやケチャップといった調味料ぐらいしかない。
冷蔵庫の大半のスペースを埋めているのはエナドリ。その命の水たるエナドリを手に取り、またもや真白は嘆息している。先ほどとは比べものにならないクソデカため息であった。
「何か言いたいことでも……?」
「いいえ何でも。これとこれ、あとこれも使う。ご飯はこれを活用する」
呆れた表情で博希を一瞥したのち、真白は卵にチーズ、ハムを取り出しキッチンの天板に置き、電子レンジにレトルトご飯を入れて過熱を開始する。
キッチン周りの引き出しや扉を開けては調理に必要な物を次々と取り出していく。初めて使うはずなのに、昔からここに住んでいたかのように手慣れていた。
「何か手伝おうか?」
「テーブルだけ用意して、座ってて。すぐできる」
「はい……」
部屋端に片付けていたテーブルの足を広げて部屋の中央に配置する。
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