第10話 悪魔の囁きと愚息
博希の好みのタイプは、年上で心身ともに癒してくるような包容力のある巨乳のお姉さん。年下で幼く平坦な彼女とは正反対。それでも身体は呼応し反応してしまう。
意志とは関係なく鼓動が早まり熱を帯びる。愚息が臨戦態勢に入ろうとするのを奥歯を噛みしめ抑え込む。ギロチンを思い浮かべたりと試行錯誤してみたが、一度やる気になったのを鎮めることはできなかった。
決定打となったのは、無邪気な寝顔から繰り出される艶めかしい寝言だった。
「う、うん……すぅすぅ……」
今の今まで拝むことができなかったご尊顔を無防備にもさらけ出している。
絹のように滑らかで艶のある銀髪に、純白パーカーよりも白い柔肌、魅惑的な薄桃色の唇。西洋人形のように整った可憐な容姿。
心の中の悪魔が囁く――嫁さんなんだから好きにすればいいじゃないかと。そんな甘言悪魔を丸めてゴミ箱に投げ捨てる。
安心しきって眠っている彼女を襲うような無粋な真似はしない。いま実行するべきはベッドから早急に抜け出すことだ。愚息の変化を知られるわけにはいかない。
意を決して脱出を試みたが、すぐに無理だと悟ってしまった。
(これ無理じゃね……?)
胴体部に腕や足が絡まっているだけで、腕は拘束されておらず自由に動かせる。ただ横向きに寝てしまっているため、寝返りが打てない現状において使えるのは片腕のみ。両腕が自由だったとしても、拘束解除するのは相当難易度が高いというのに、腕一本で打開できるはずがなかった。この状態になっている時点で、どう足掻いたところで詰んでいた。
単独での脱出が無理なら手伝ってもらえばいい。だがそれは禁じ手に等しい愚行。自分の首を絞める諸刃の剣。それでも博希は覚悟を決めて打って出る。
「起きろ、真白……もしも~し……」
その残された方法とは、真白自身の手で解いてもらうこと。
声をかけてみたが、熟睡しているようで起きそうにない。
名前を連呼したり頬にぺちぺちしたりと、色んな方法を試してみたけど手ごたえを感じない。いつしか本来の目的を見失い“何をしたら起きるのかという実験”に移行していた。
「可愛い可愛い俺の真白ちゃん……朝ですよ~」
耳元で囁いた時にぴくっと肩を震わせた。よくよく見ると目蓋も小刻みに動いている。今まで一度も感じなかった手ごたえ。
やっとこの状況から解放されると思ったのに四肢が緩む様子が無い。どういうわけか真白は覚醒したにもかかわらず、狸寝入りを決め込んでいる。となればこちらも最終奥義を使わざるをえない。
博希は真白の耳たぶを噛む勢いで唇を近づけて、前回同様アニメのセリフを拝借し耳打ちする。
「起きてんだろ? キスするぞ……」
興がのっていたというのもあってか今回は噛まずに言えた。
「ひゃ!?」
「あっ……」
調子にのりすぎた結果、真白が跳ね起きてしまった。その時、思わぬアクシデントが発生した。彼女の太ももが禁忌に触れてしまったのだ。
(やばい……非常にやばい……)
物体について話が振られるよりも先に洗面所に逃げ込まなければ、下半身も見られてはならない。
心に宿すんだ、あの伝説的な工作員を、眼帯とダンボールがトレードマークの彼を。
スニーキングミッションスタート――。
「お、おはよう……真白、起こしてすまない。トイレと、あとシャワーを浴びたくてさ、だけど身動きが取れなくて、な」
「ううん、気にしなくていい。至福の瞬間だった」
真白は目を閉じてまま停止している。
頬はほんのり赤らめて口を尖らせている。
大体の予想はつくが、聞くだけ聞いてみるか。
「ああ……それと運んでくれてありがとうな。で……何をしている?」
「おはようのチュウ。さっきするって言った」
期待どおりの返答だった。
「やっぱ起きてたんじゃねぇか、おまえ」
「なんのことやら……ヒュー、フュー」
目を逸らして音にもならない口笛を吹いている。
態度一つ一つがどれも清々しいほど分かりやすい。
逆に心配になってくるほど嘘をつくのが下手すぎる。
少し場が和んだのも束の間、真白から背筋も凍る質問を投げかけられる。
「……それはそうと、博希って《《リモコン》》を持って寝る癖があるの?」
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