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4/12 闘病、終了

4/12


 病室で付き添いをしていて、2時半までは様子を見ていた。母は肩で呼吸をしているものの、そこまで辛そうではないし、酸素飽和濃度も91%以上を維持できている。時折首を振っていたが、この時間になるとそれもおさまり、どうやら寝たようだ、と安心した所で少し横になろうと思ったら、気が付いたら寝入ってしまった。

 それでも時折なるアラームにそのたびに目を覚まし、様子をうかがってはいたが、すぐにアラームも停まるし異常もなさそうだったのを覚えている。


 ふと眼が覚めて飛び起きる。時計を確認すると4時だった。1時間半ほど寝ていたようだ。母の様子をうかがうと、アラームは鳴っていないが呼吸音が変わっている。喘鳴音が加わり、更に呼吸音自体が大きくなっている。とっさに確かめたベッドサイドモニターの数値は異常がない。脈拍も90前後、血圧は計っていないので表示がないが、酸素飽和度も94%程度を保っている。呼吸数も20程度。変化はないはずだが、だが何かがおかしい。

 せっかく寝ているのだからこのままでも、と思いつつ、声を掛けてみる。


 反応がない。全く動かない。ふと気が付く。寝入る前に見た体勢と全く変わっていなかったのだ。ただ肩での呼吸は大きくなり、あえぐような呼吸になっている。これはまずい。肩を揺すろうが叩こうが反応がない。うっすらと目を開けたようにも見えるが、それ以上の反応がない。目線が合わない。数瞬悩んだが、ナースコールを押す。


 こんな時間でもすぐに看護士さんが駆けつけてくれた。


「どうしました?」

「モニターの数値に変化はないんですが、肩呼吸が大きく、反応がないんです」


 看護士さんが意識レベルを確認。肩や手をつねりながら声を掛けている。先ほどまで片目がうっすら開いた程度だったのが、両目がうっすらと開いた。


「意識レベルは低下しているみたいですが、脈拍も大丈夫、飽和度は保たれているし、大丈夫だと思います。もう少ししたら体位変換に来るので、少し様子を見ていてください」


 そう言われたら引き下がるしかない。だが私の愛玩動物看護士の感が「これは違う」と告げる。伊達に多くの犬猫を看取ってきたわけじゃない。この反応はおかしい。すぐに兄にメッセージを送る。

「意識レベル低下、来られる準備をしておいて」


 だが既読が付かない。4時では寝ているかもしれない。いざとなったら私が一度帰って起こすしかないかもしれない。

 母の手をミトンから出し、握るも全く反応がない。先ほどは開いた目も閉じている。看護士さんも当直時間中に亡くなられるとあとの業務が大変になると聞いたことがある。誰でもできれば先送りしたいだろう。

 モニターの心電図はもともと山が低かったが、頻脈に近い波動になっている。これはヤバイ。看護士さんが何と言おうが、これは絶対にヤバイ。すぐさま兄に電話をする。

 しばらく呼び出した後に返答があった。良かった、起きてくれた。すぐ来るように伝える。車に乗りさえすれば5分もあれば着く距離だ。


 母の肩を叩きながら、呼びかけ続ける。しばらくすると看護士さん2人が部屋に来た。改めて反応を見て「意識レベル落ちてますね……。今日の昼間でも、ご家族の方をお呼びしたほうが良いですね」

 

 言いながらおむつ交換をしようとして、「あ!」と小さく言う。小声だったが離れていたとはいえ同じ部屋にいたので聞こえたのが「下血だ」。


 聞いた瞬間に、これはダメだと直感した。筋肉が弛緩している。そして体が旅立つ準備に入っている。すでにマスクを取る取らないの問題ではない。看護士さんは手早く交換してくれて、体を戻し、血圧を測ろうとするが数値が出ない。このころに兄が駆けつける。ベッドサイドモニターの数値を見て、悟った顔をする。


 もう意識は薄いけれど、痰が絡んでいるから吸引しましょう、と準備をしてくれたが、結果としてほとんど取れなかった。それでも呼吸音は静かになる。機械の中に血交じりの痰が吸引されているのが分かる。肺にも水が溜まっているのだろうと言われた。

 同時に心拍数と飽和度ががみるみる落ちていく。投与量を上げてもまったく上がらない。さらにようやく計れた血圧が80を切ってくる。兄と共に覚悟を決める。

 看護士さんが忙しく出入りする中、邪魔にならないように気を付けながら、はくはくと呼吸をする母の手を二人で握り、声を掛け続ける。嫌がっていた酸素マスクを外すか? しかしこれのおかげで何とか生きているし、今や意識が無いのならこのままでもいいのでは、と続けることにしたが、それでも飽和度はみるみる下がっていく。


 5時にはほとんど心拍も無くなってきた。波形は小さく、弱く刻んでいる。この時点で看護士さんが当直の医者を呼ぶという。今更? と思わなくもない。末期の看取り患者だから、急いで呼んで処置をする必要がないからだろうか。処置してもらっても本人の苦痛が長引くだけだが、医師がきてくれるのと居ないのとでは、こちらの安心感が違う、ような気がする。


 つかの間の時間、看護士さんも来なくなったので、また母に二人で話しかけながら数値を見る。止まったように見えた心拍も、ほんの少しだが鼓動を続ける。いやはや強いねえ、と素直に感心する。


 そして、当直の医師が駆けつける前に、ベッドモニターの波形が、全てフラットになった。

 

 5:33


 医師により死亡確認。


 5か月半の闘病が終了し、新たなる世界への冒険が始まった瞬間だった。




 93歳、最後まで頑張りました。

  

 

記録はあと少し、続きます。

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