Episode 90: 種探し
最近、ようやく“暮らしてる”って言っていい状態にはなってきたと思う。
前は違った。
遺してもらったお金がガンガン減っていく音が聞こえる気がして、
冷蔵庫を開けるたびに残量を計算して、光熱費の通知が来るだけで胃が重くなる、
そんな感じだった。
流石に今はそこまでじゃない。
修二の定期収入が安定して入るようになって、生活費はちゃんと払えるし、食費も極端に削らなくていい。
俺のバイト代も少しは足しになってるし、敦史の動画も微々たるものとはいえ収益が出始めている。
“回ってはいる”。
例えば、スーパーで値札を見て一回棚に戻す回数が減ったとか。
カップ麺を買う時に「今月あと何個いけるか」なんて計算をしなくなったとか。
そういう、細かいところでようやく普通の生活に近づいてきた気がする。
でもそれは、歯車が一つ止まったら即終了するくらいの、細い細いバランスの上だ。
こたつの上に広げたノートと電卓を見ながら、俺は息を吐いた。
「……とりあえず、今月は大丈夫」
言いながらも、“大丈夫”の範囲がやけに狭いことは自覚はしている。
修二が腕を組んだまま言う。
「現状は安定域に入った。ただし、まだ拡張はできないな」
言葉がいちいち経営会議なんだよな、でも否定はできない。
俺らは四天王だ。設定上は幹部…。
なのに実働人数、四人。
今の生活は回っている。
でも、それはあくまで四人で歯車を回しているからだ。
誰か一人でも止まったら、たぶん一気に崩れる。
「う~んこの先どうするか、だよな」
俺がそう言うと、空気が少し変わった。
生活の話から、“組織”の話に切り替わる瞬間の温度差ってやつだ。
敦史がノートの端を指でなぞりながら言う。
「俺たち以外の人材・・・協力者は欲しいよな」
その言葉は前から出てはいた。
でも今日は、ただの理想論じゃない。具体的に考えなきゃいけない段階に来てる。
現状は旧組織の陣内博士と月詩さんくらいだ。
修二が静かに言う。
「ただし……公募は論外だな」
「流石に悪の組織メンバー募集中☆ とか無理過ぎるだろ」
俺が言うと、敦史が吹き出す。
「炎上どころじゃねえな」
笑いは一瞬で終わる。
問題はそこから先だ。
俺はここ最近のバイト先を思い浮かべる。
単発で入る現場。倉庫、イベント設営、スポットワークの飲食、清掃。いろんな人間を見る。
力が強いやつ。要領がいいやつ。逆にヤバい匂いしかしないやつ。
でも——
「使える」と「任せられる」は別だ。
「俺は一応、バイトとかの現場でそれっぽいの探してはいるけどさ
いいやつはいる。でも“秘密抱えられるか”がわからん」
俺らの前提はそこだ。
能力よりも、口が堅いこと。
今の吹けば飛ぶような組織力では些細なミスも許されない。
敦史も頷く。
「俺もネトゲやFPSで見てはいる。指示出し上手いやつとか、異様に冷静なやつとか。
画面越しに見える才能は確かにある。でも素性が見えないからな」
「オフで会った瞬間通報、とか普通にありえるしな」
敦史が苦笑する。
修二は少しだけ目を伏せてから言った。
「俺も……周囲を探してみる」
その一言で、空気が微妙に揺れた。
修二の“探す”は、俺らとは土俵が違う。
仕事先。業界。人脈。
現実的なラインがある、もしかしたら確率的に高い可能性はある。
そんな中、敦史がほんの少しだけ視線を落としたのを、俺は見逃さなかった。
「……俺だけ直接金に繋がることしてないよな」
軽く言ったつもりなんだろう。でも声が少し低い。
俺は即座に否定する気にはならなかった。
否定するより先に、事実を思い出した。
地下の設備管理。データ整理。セキュリティ。動画編集。
俺らが知らないところで回ってるものの大半は、敦史の手の中だ。
軽く否定するのは簡単だ。
でも、そういう言葉ってだいたい軽く聞こえる。
だから俺は、ちゃんと考えてから口を開いた。
「お前いなかったら、まずネット回線で詰むぞ」
俺が言うと、敦史が顔を上げる。
「情報管理も無理。機材も扱えない。俺なんかUSBの裏表で三回失敗するタイプだぞ」
「それはお前がアホなだけだろ」
「まぁ否定できねえな!」
そんなたわいもないジョークで少し空気が緩む。
修二が珍しく言葉が柔らかい口調で続けた。
「収入と価値は比例しない。今はまだ顕在化していないだけだ。
お前の領域は将来的に重要度が上がる」
その言葉に敦史は黙りこんでしまった。
完全には納得してない。でも、さっきより目が死んでないように見える。
その横で、クロがじっと俺らを見ていた。
「ぼくは?
ぼく、なにするの?」
その問いは案外まっすぐだった。
能力や戦力としては間違いなくトップクラス。でも、それだけじゃない。
俺は少し考えてから言った。
「クロがいなかったら、たぶん俺と敦史、もうちょい揉めてると思うぞ」
クロが間に入って「おやつ食べる?」とか言い出さなかったら、
あのまま普通に口論になってた日が何回かあった。
「え?」
「で、修二は止めないだろ、そうなっても」
修二は苦笑いしつつ否定はしなかった。
クロが少しだけ誇らしげに胸を張る。
「じゃあ、みんなとなかよくする係!」
「重要だな」
修二が真顔で言うから余計におかしい。
笑いが落ち着いたあと、俺は改めて言った。
「いきなり“仲間になれ”じゃなくてさ
まずは小さい協力からはじめるってのででよくないか?」
単発で情報をもらうとか、作業を一部手伝ってもらう。
人柄や言動が信頼できるか、時間をかけて見極めていく。
修二がゆっくり頷いた。
「段階的審査か。合理的だ」
敦史も考え込む。
「テスト期間みたいなもんか」
クロが元気よく言う。
「ひみつのテストする?」
「クロのテストは物理的ダメージ入りそうだから禁止」
俺が即答すると、クロが不満そうに口を尖らせた。
でも、なんとなく目指していく方向は見えた。
派手に動かない、現状に焦らない。
今ある接点から、少しずつ。
俺はマグカップの湯気を見ながら思う。
総帥なら、どうしただろうな。
たぶん笑って言うんだろう。
「人を見る目を鍛えろ」とか。
まだ俺らは小さい。
でもゼロじゃない。
今はまだ、種を探す段階だ。
悪の組織らしく、静かに、そして確実に…
信頼できる人材を少しずつ、増やしていく。
今はまだ、種を探す段階だ。




