Episode 89: 体質
夕飯っていうのは毎日同じようにやってるはずなのに、妙な違和感が混ざるとやたら気になる時間だと思う。
こたつを囲んで、同じ皿をつついて、どうでもいい話をして——
それがいつもの流れなのに、今日はなんとなく視線が引っかかる。
原因はすぐにわかった。
(あれ?……少なくないか?)
敦史の皿だ。
いつもより、明らかに量が少ない。
見間違いとかじゃなくて、はっきりと一段階、いや二段階くらい減ってる感じがする。
俺は箸を止めて、その皿と敦史の顔を見比べながら、なんとなく嫌な予感を覚えた。
こういう“ちょっとした変化”って、だいたいろくでもない前兆なことが多いからだ。
「なぁ敦史、それで足りんの?」
軽く聞いたつもりだったけど、敦史の手が一瞬だけ止まったのを見て
ああこれは当たりだなと確信をする。
「……別に」
そのまま食べ続けようとしているが、間があった時点でアウトだ。
(絶対なんかあるやつじゃん)
もしや体調か?とも思ったけれど、顔色は悪くないし、だるそうでもない。
ただ“言いたくないことを誤魔化してる顔”をしているのは確実だ。
「……体調悪いなら言えよ?」
「違うって」
「じゃあ、味ダメだった? 普通に言え、直すから」
「オカンかよ。
なんで俺がお前に気遣わせる前提なんだよ……
思春期の反抗期じゃないんだから」
いつもの調子で返してはくるけれども、やっぱりどこか歯切れが悪い。
その空気を横からぶった斬るみたいに、修二が口を挟んできた。
「敦史、隠す理由がないなら言えばいいだろ?」
淡々としてるくせに逃げ道だけはきっちり潰してくると
敦史が露骨に嫌そうな顔をした。
「いや別に、大したことじゃ——」
「じゃあ問題ないよな」
「……お前さあ」
さらに、クロがこたつから身を乗り出してくる。
「あつし、おなかいたい?」
心配そうに覗き込んでくるその顔は、ほとんど子供そのもので、
さすがにこれ以上誤魔化すのは無理だと悟ったのか、敦史が小さくため息を吐いた。
「……いや、単純に、食う量減らしてるだけだよ」
「え?なんでだよ」
ほぼ反射で聞き返すと、敦史は一瞬だけ言葉に詰まって、
それから面倒くさそうに視線を逸らした。
「つーか……俺、毎日ほとんど運動してねえし」
ああ、なるほどなと、そこでようやく腑に落ちた。
敦史の生活はほぼ椅子の上で完結している。
俺はバイトだなんだで動き回っているだろうし、
修二も仕事で外に出ている。
が、敦史は実況の動画編集などで一日中座ってることも珍しくない。
そりゃ気にはなるか。
「なんだ、今さらかよ」
思わず口に出すと、すぐに睨まれた。
「今さらでも気付いただけマシだろ……」
「まあ、それはそうだけど」
ただ、今の敦史は別に太ってるわけじゃない。
むしろ細い寄りだ。
だから余計に違和感がある。
「でも別に、そこまで気にするほどでもなくね?」
そう言うと、敦史は少しだけ黙って、それからぽつりと続けた。
「……俺、元々めちゃくちゃ太りやすい体質なんだよ……145キロあったし」
敦史がぼそっと言ったその一言で、空気が一瞬だけ止まった。
いや俺は知ってる。知ってるけど、現実感が薄いのに、妙に重く感じる。
で、その横で——
「……145?」
修二が、はっきりと反応した。
珍しく目に見えて驚いてる。
「それは本当か」
「なんだよその確認の仕方……本当だよ
そういや、修二には言ってなかったっけか」
敦史が若干引き気味に返すと、修二は一拍だけ黙ってから、ふっと息を吐いた。
「なるほどな」
「何が?」
「それだけ脂肪を蓄えられる時点で、代謝のベースが高い。単純に“太りやすい体質”じゃない」
「……は?」
敦史が露骨に怪訝な顔をする。
修二はそのまま、淡々と続けた。
「むしろ逆だ。エネルギーを蓄積できるし、使える身体だ。筋肉も付きやすい」
「いやいやいや、好き放題食ってただけだぞ?」
「違う」
即答だった。
その言い方が妙に断定的で、俺もついそっちを見る。
「『イージーゲイナー(Endomorph)』って言って効率的に細マッチョや筋肉質な体へ改善できる大きなポテンシャルを持ってるんだよ。」
「え?」
「方向を間違えただけだ。むしろ簡単に伸ばしやすい部類だ」
「方向て……」
敦史が引きつった顔で笑う。
そこで修二は、少しだけ視線をずらしてから、ぽつりと自分の話を挟んだ。
「俺は逆だったんだ」
「え?」
「食っても増えない。背だけ伸びて、肉が付かない。
ずっと細いままだった」
(……は?)
思わず心の中で声が出る。
いや今の修二はどう見ても細いどころか普通にガタイがいいマッチョなタイプだ。
前にちらっと春服を買った時に聞いた気もするが、全く想像がつかない。
敦史も同じこと思ったのか、修二を露骨にじっと見ていた。
「……今のどこがだよ」
「だから“昔は”だ、中学の時までな。」
修二はあっさり言い切る。
「中学になった時にどうにかしたくて試した。
どうすれば増えるか。
研究した結果、脂肪としては付きにくいが、
俺の場合は地道に負荷をかければ筋肉としては増えると分かった」
「……」
敦史がちょっと黙りこむ。
俺もなんとなく理解はしてきた。
「つまり——」
修二が軽く指を組みながらまとめに入った。
「お前は脂肪が付きやすいんじゃない。
“すぐにエネルギーを扱える体質”だ。筋肉にも回せる。だから動けばいい」
「いやまあ、理屈はわかるけどさ……」
敦史が頭をかく。
さっきまでの“食う量減らすしかないか……”みたいな空気とは、ちょっと変わってきている。
完全に乗り気ではないけど、完全否定でもない、みたいな顔だ。
その横でクロが、きらきらした目で身を乗り出した。
「あつし、すごいね!つよくなれるってこと?」
「いやまあ……理屈上は、そうなるのか?」
「なる」
修二が即答する。
「適切にやればな」
「適切が一番むずいんだよ……」
敦史がため息を吐いた。
でもさっきよりちょっとだけ、声が軽い。
俺はそのやり取りを見ながら、なんとなく思った。
(……まあ、悪くない流れかな)
無理して飯の量を減らして変に栄養不足や体調崩されるよりは、
そのほうがよっぽどいいだろう。
「じゃあさ、とりあえず軽いのからやればいいんじゃね?」
「……まあ、気が向いたらな」
敦史は渋い顔で言いながらも、完全には逃げなかった。
クロが「いっしょにやろ!」って嬉しそうに言っているし、
修二はもう次の筋トレのメニューを考えていそうな顔している。
クロがこたつから半分出てくる勢いで身を乗り出す。
「やる? いまやる?」
「待て待て、今はやらねえよ! 飯中だろ!」
「えー」
露骨にしょんぼりするクロを見て、敦史が若干申し訳なさそうな顔をするのがちょっと面白い。
(なんだかんだで、こういうのには弱いよなこいつ)
「じゃあ明日からな」
俺が軽く言うと、すぐに敦史が顔をしかめた。
「“明日から”って言うやつ、大体やらないやつだろ」
「やれよ」
「お前もやれ」
「俺は適切に動いてるからいいんだよ!」
「ちょ…ずるくね?」
くだらないやり取りが戻ってきて、
——気づけば、いつもの飯の空気に戻っていた。




