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Episode 88: 梅干し

「ああ!流星くん、今月の町内会の集まりって来れる?

今度の○日なんだけど——」


大場さん(オバチャン)にそう言われたときは、正直そこまで深く考えてなかった。


——町内会。


名前だけなら知ってる。なんとなく、地域の人が集まって何かするやつ。

でも実態はよく知らないし、関わったこともない。

多分母ちゃんがやってたんだろうけど、自分は関わったことがない。


だからか、軽い気持ちで「行けます」と答えた。

その時はまあ顔出しとけばいいや、そのくらいの認識だった。


そして当日。


「……あ、これ“ちゃんとしたやつ”だ」


玄関をくぐった瞬間、理解した。


畳の匂い。整然と並べられた座布団。壁際に控えめに置かれた湯呑み。

テレビは消され、部屋の中心には自然と“円”ができている。

完全に会議の配置だ。


(うわぁ、聞いてないってこういうの)


「さぁさぁ!こっちよ流星くん」


そんな俺の心情を知らず、笑顔の大場さんに促されて座ると

全員の視線が俺に集まった。


年配の人が多い。というか、ほぼ全員俺より30~40くらいは年上だ。

10代の自分だけ明らかに浮いている。

ほぼ息子か孫状態である。


「嶋田です」


正面の男が口を開いた。

背筋がぴんと伸びている。声は低くて無駄がない。


「あっ、流星です、よろしくお願いします!」


自然と姿勢が正される。


「(この人が、前に大場さん(オバチャン)が言ってた町内会長だな)」


「話は聞いている。三人で暮らしてるそうだな」

「ええ、まあ」


(俺の情報、共有されてるな……)


ちらっと横を見ると、大場さん(オバチャン)がにこにこしている。

ああ、当然事前にこの人が伝えているんだろう。


「町内会の件だが」


嶋田さんは淡々と本題に入る。

余計な前置きはない。


「本来は以前からの会費の納入もお願いするが……若い人が少なくてな」


「はい」


「見てわかる通り、高齢のものが多くてな

私らが手を焼く力仕事の時に手を貸してもらえれば、

それでそれまでの会費は相殺にしようと思う」

「全然大丈夫です!」


むしろこの提案は金欠の俺らにはありがたい。


「助かる」


嶋田さんは短く、それだけ返すと

そのまま会合が始まった。


議題は想像よりずっと“現実的”だった。


ゴミ出しのルール。清掃の当番。防災備蓄の管理。

どれも生活に直結している。


(……なんか、思った以上にちゃんとしてるんだな、町内会って)


正直、創造ではもっとゆるい集まりかと思っていた。

雑談半分、世間話半分、みたいな。


でも違う。

ちゃんと“地域を回すための会議”だったんだな。


「あぁ、そうだ。カラスの件だが

例の場所、またやられたそうだ」


その一言で、空気が少し変わる。


「あそこねぇ……」

「毎回ちゃんと網かけてるのにね、なんでかしら?」


周囲からため息が混じる。

話を聞くうちに、状況が見えてきた。

特定のゴミ置き場だけ、やたらとカラスの被害が出ているらしい。


網はかけている。

その上に一升瓶を置いて、簡単にめくれないようにもしている。

こまめに掃除をしたり、対策をしていないわけじゃない。

それでも、その一か所だけやられるそうだ。


というかカラスの執念がすごい。


「せっかくだから、若い人の意見も聞こう」

「え?」


急に話題が俺に振られた。

全員の視線が俺に集まる。


「カラスの問題……」


ほんの一瞬だけ考える。

でも、内容はそこまで難しくない。


「えっと……そこだけ被害にあうなら、カラスが物理的に取れないように

フタ付きのボックスに変えた方がいいんじゃないですかね?」


言ったあと、少しだけ間が空く。


「ふむ……コストがな」

「そこだけ特別にするのもなあ」


予想通りの反応だ。

確かにそこだけ取り付けるのも、全体とのバランスはある。


でも——


「でも、”そこだけ”荒らされてるなら、

”そこだけ対策して”もいいんじゃないですか?」


自然と続ける。

言葉を選ぶというより、状況をそのまま出した感じだ。


「……」

「あと、今はまだいいですけど

夏になったら、絶対に衛生的にまずいと思います」


その言葉に、少しだけ空気が変わった。


(今なら通るなこれ

だったらもう一押しだ)


「夏場はゴミがすぐ腐ってすごく臭いとか出ますし、

そうなるとカラスだけじゃなく虫も来ると思うんで

暑くなる前のいまのうちに対処した方がいいんじゃないかと」

「……ふむ」


嶋田さんが腕を組み

視線が考えるものに変わった。


「そこだけ試験的に導入、か」

「それなら……」


周囲も少しずつ頷く。


「やってみるか」


決まった。

ほんの少しだけ、達成感があった。

会議の空気が、少し緩むのを感じる。


(よし、ちゃんと意味あること言えたな)


張っていたものが、少しだけ解ける。


その流れで——

ふと、目の前のお茶請けに目がいった。


小皿の上の梅干し。

つやがあって、見るからにうまそうなやつ。

さっき、何気なく一つ食べた。

ちゃんと酸っぱくて、でも尖りすぎてなくて、塩の角も丸い。


(これ、普通にレベル高いよな、どこで売ってるやつだろ?)


そのまま、軽い気持ちで言った。


「ところでこの梅干し、めっちゃ美味しいっすね」


——その一瞬で空気が止まった。

音が消えたみたいに。


「あれ?」


全員の視線が、ある一点に向いた。

その先にいたのは——一人のおばあちゃん。

さっきまで眠たそうだった目が、輝いている。


「それねぇ!!!」


理解した瞬間、もう遅かった。


「今年の梅はねぇ当たり年でねぇ!?まずねぇ塩の量が大事なのよ!?適当じゃダメなの、ちゃんと——」


速い。

そして長い。


「私ねぇもう何十年も漬けてるんだけどねぇ!?一回ねぇ失敗したことがあってねぇ!?その時は——」


ああしまった、止まらない。

話が途切れない。

俺は何かまずい話題のスイッチを踏んでしまったらしい。

呼吸と同じリズムで、言葉が出続ける。


周りを見ると・・・

全員、諦めたような顔をしている。


(あ、やらかしたんだなこれ)


横の大場さん(オバチャン)を見ると不意に目が合ったが

にこっと苦笑いをして——


「(ごめん、これは止めるのは無理)」


というジェスチャーで返された。


「でねぇ!?干すタイミングも大事でねぇ!?天気を見ながら——」


長い長い長い・・・。

体感時間が伸びていく。


さっきまでしっかりしていた会議が、一気に別のものに変わる。

情報ではなく、“熱量”が流れ込んでくる。


「悪いが原口さん(おばあちゃん)……その話は自宅でやってくれ、

町内会は今日はここで解散だ」


最終的に、少しだけ疲れた声の嶋田さんが止めた。


(助かった……)


と思った瞬間。


「じゃあ流星くん、来るでしょ?」


気づいたらニコニコとした笑顔のおばあちゃんが俺の隣に立っていた。

……俺に逃げ道はなかった。





「……ただいま」


夕暮れが大分過ぎたころに玄関を開ける。

修二が既に仕事から帰って来てたらしい。


「流星、遅かったな。町内会に行ったって聞いたが

毎回そんな長いものなのか?」

「いや、その……町内会自体はそんなじゃなかったんだけど

途中から別のイベントが始まっちゃってさ」


俺はそう言いながら、抱えていた瓶をテーブルに置く。

中に詰まっているのは、ぎっしりの梅干しだ。


「……何それ、町内会に行ったんじゃなかったのか?」


敦史が若干引いている。


「もらった」

「どういう流れで?」


俺はこれまでの流れを説明することになった。


「で、今度その原口さんっていうばあちゃんの梅の仕込み手伝うことになった」

「は?」

「……は?」


声が重なる。


「いやでも、これだぞ?食ってみろって!」


一つ取り出して口に入れる。


「めちゃくちゃ美味いだろ?」

「……あ、うま」


修二が素直に言う。


「まぁ確かに……これはうまいな」


敦史も認める。


「だろ?」


二人の反応に少しだけ誇らしい気持ちになった。

苦労と引き換えの成果である。


「に、しても色々大変だったな」

「あー、まあな」


答えながらも、そこまで嫌ではなかった。

むしろ——


(こういう繋がりも、悪くないかもな)


そんなことを思う。


「で、また行くのか?」

「……たぶんな、確か6月くらいに梅の仕込みするって原口のばーちゃんが言っててさ」

「いや、それじゃなくて町内会だよ」

「ああー、そっちは月イチくらいでやるんだってさ」


少しだけ間を置いて答える。

そしてもう一個、梅干しをつまむと

旨味と酸っぱさが、じわっと広がった。


その感覚が、妙に心地よかった。

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