21:魅惑のトンカツ
さてさて本日は待ちに待った結婚式! 前日からノックス公爵邸の方々と頑張って準備しましたよ!
昨日訪れたノックス公爵邸は、プロトナさんがカルザさんにうまいこと言っていたので、本当になんの準備もなされていなかった。私の後ろに続いてイソパラノル侯爵邸のシェフさんやら使用人さんやらがぞろぞろとやってくるのを見て、公爵邸の方々の顔が青ざめていた。ごめんなさいね。
でも異世界料理を再現できるのは、カントリーハウスで共同研究を重ねた彼らだけなのです。
私はかつらで変装していたので、在宅しているカルザさんに気付かれることもない。言葉だって随分流暢になったのだから。
「プロトナ様のご依頼で参りました、マリアと申します。本日はよろしくお願いいたします」
何のひねりもない偽名を名乗って、さっそく説明開始だ。
「厨房担当の方々にはレシピをお渡しします。材料は明日の分も加えてこちらで用意してあります。よろしくお願いしますね。他の皆さんは会場のセットアップです。完成図面を配りますから、いくつかのグループに分かれて作業を開始しましょう」
結婚式前日に準備して間に合うのかって? 間に合うんだな、それが! なぜなら人々がここに来るのは披露宴になってからだから。
執事さんに手伝ってもらって、完成図面を配布する。それから孤児院に委託した飾りも。使用人の皆さんは、適応力が高くてさすがと言うべきだ。すぐにグループ分けをして、作業に取り掛かった。
「貴女はプロトナの友人なのか?」
カルザさんに訝し気な目で見られるが、気にしたら負けだ。そりゃあ確かにマリアという女の名前は、話の端にすら上がったことはないでしょうね。
「違いますよ? プロトナ様が依頼なさったご友人は明日の準備に忙しくて、今日は来られませんもの。私は彼女の……部下だと思っていただければ幸いです」
「確かに女性はギリギリまでドレスや髪形を選り抜くのに時間を掛ける。友人の結婚式なら猶更だ。本人が来れるわけないな」
○○ならば幸いという日本人ならではの言い回しは初めて使ったけれど、特に言及されることはなかった。適当な答えだけど納得してくれてよかったよ、ほんとに。
ユリアさんがプロトナさんと仲いいのかはわからないけど。悪そうではなかったよな。
ハロルドさんの使用人さんが飾りのつけ方に思案していれば、ユリアさんのところの使用人さんが声を掛ける。ハロルドさんの使用人さんはすぐに理解して作業再開。
使用人さんたち有能すぎて……私、必要ないよなあ……?
「マリ……ア様、飾り付けは終わりました」
「ではあとは厨房だけですね」
「アルトジアゾが自慢してきた料理だな」
カルザさんが料理を持ってこさせようとするのを、慌てて止める。
「大変失礼ながら公爵はご遠慮願います」
「なぜだ?」
私はプロトナさんの依頼主は、張り切って研究開発した料理であるから当日のその時まで秘密にしてより強い感動や衝撃をもたらそうとしているのだ、と説明した。尤も料理を張り切って研究開発していたのは料理人さんだけど。
「なるほど、それもそうだな」
カルザさんは満足そうに笑って出て行った。というか新郎ってなにも準備しなくていいのかな?
すぐに厨房に向かうと、こちらの料理人さんたちが興味深そうにカツを食べているところだった。
「食感が面白いですね」
「それはサンドイッチにするつもりです」
「この串にさして『揚げた』? ものも、手軽に食べられていいですね」
ちなみに揚げるという文化がなかったので、そこは日本語だ。やっぱ揚げ物はどこに行ってもウケるよね。
「斬新なことを思いつかれましたな」
「いえいえこちらのマリ、ア様がお伝え下さった料理なんですよ」
一瞬どもる料理人さん。やっぱみんな間違えかけるんだよな。
「当日もこちらでお手伝い致しますので、よろしくお願いしますね」
「頼もしいです。ところであの、この料理、今後こちらで提供させていただいても……」
「もちろんよろしいですよ」
使用人さんたちも少しずつ切り分けてもらって、堪能していた。食べ過ぎると太るって教えておいたほうがいいのかな……?
そして当日、式はつつがなく進行し、私とユリアさんのどっきり披露宴が始まった。プロトナさんはカツサンドの味に目を見張り、ハロルドさんは給仕に扮した騎士団の皆さんを見て頭を抱える。
「大成功ですわね」
「そうですね。来賓の皆さんも料理に満足してくださっているようで、よかったです」
給仕の一人が呼び止められて、揚げ物について質問されているけれど……その人騎士団員だから知るわけないんだよね……。
「アユリアナ王女殿下、マリナさま! ありがとうございます、お料理とてもおいしいですし、カルザ様も楽しそうで……嬉しいです」
美しい空色のドレスに身を包んだプロトナさんがやって来た。そう、お色直しも採用されたんだよね。純白のウエディングドレス姿も綺麗だったけれど、プロトナさんの美しい金髪を引き立てるのは反対色の青だ。
「料理はすべてマリナ様が考案しましたの」
「考案しただけで、改良を重ねたのは料理人の皆さんですよ」
「それでも凄いです! あんなサクサクで香ばしい食べ物があっただなんて……」
うっとりと頬を染めるプロトナさんは、それはそれは可愛らしかった。太らないことを祈ろう。
披露宴も終わり、私はユリアさんの屋敷に戻った。
「今度は何をしますの?」
「あー、硝石や折りたたみ机の件でうやむやになってたんですけど、ずっと手回し扇風機を作ろうと思っていたんですよね。でも蒸気機関の開発もしたいです」
手回し扇風機も蒸気機関も、私の造語だからユリアさんにはぱっと聞いただけで理解することはできない。
「人々の暮らしを向上させるというのが目的であることには、変わりありません。例えば蒸気機関を応用すると汽車というものが作れるのですが、馬よりも速く移動することができるようになるんです」
「凄いですのね」
「戦争にも強くなりますよ。汽車が運べる物資の量は、馬とは比べ物にもなりません」
「と言いますと?」
「この屋敷にあるすべての家具を、馬より速く運べますね」
まあ馬とは違って線路が通っていなくては意味がないのだけれど。
ユリアさんは便利な技術は戦争を有利にすることもできると気が付いたようで、国との交渉が必要になりますね、と言った。
偽りの平和の下で育った私には、戦争なんてぴんと来ない。私が果たして本当に技術を再現できるかも分からないのだ。そこには罪悪感など微塵もなかった。
「硝石の件もありましたし、デイムの称号を得た時点で確実に、国からは目を着けられているでしょう。マリナ様の頭の中に入っているものは、すぐには実現不可能かもしれませんが、確実に国にとって利益になります。マリナ様の後に続ける後継者の育成を余儀なくされるかもしれませんわね」
「私の後に続ける技術者……」
そしてユリアさんのセリフは当たった。私が蒸気機関を作るべく火を起こして、つまり傍から見れば何やら怪しげなことをしていることは、ここを訪れたアルトさんにより上に報告されていた。
正式な書状が届き、今後一切個人での研究開発を禁止するとのお達しまで出てしまったのだ。
「戦車を作るわけでもないのに大袈裟だなあ」
「センシャ、とは?」
近くにいたハロルドさんに聞こえてしまっていたようで、私は詳細をぼかして返す。細かく話した内容が報告されて、戦車作れとか言われても、絶対無理だし。主に技術的な面で。
「私の世界にあった、戦争のときに使う乗り物です」
「馬で引くのか」
「馬に引ける大きさではありませんよ。そのものが動きます。一度に何十人、何百人もの人を殺したり、建物を破壊することができるんです」
私は話に聞いたことと絵で見たことしかないので、絶対に作れません。そう言っておくことも忘れない。絶対はとても強調させてもらった。
ハロルドさんは、そんなものがあれば騎士の仕事はなくなりそうだな、とだけ言った。その顔はとても寂しそうだった。
その後すぐ、イソパラノル領には国の管轄の研究施設ができた。私はそこでの研究を余儀なくされる。覚えている限りの物理、数学、化学の公式をまとめ、後継者の育成とやらも行った。紙飛行機を作ることによって揚力の説明も行った。エンジンやモーターも、簡単な仕組みなら知っていたので紙にまとめる。
手回し扇風機も完成した。大小さまざまな歯車を使って、一度回すだけで六回ほど回るようになっている。回転の向きも変えているので、箱の横についているハンドルを手前か後ろに回したら、正面のプロペラが回るのだ。素敵。
設計図を書いたら勝手に作ってくれた。今までの苦労は何だったのかと思う。要は私に必要とされていたのは、この頭の中にあることをできる限り伝え残すことだけだった。
終盤です。




