20:新たな一歩を踏み出して
「汝、マリナ・シミズの功績を称え、デイムを授ける」
遂にやって来た授与式当日、クロアさんによって叩き込まれた淑女の基本の基本に関してなんとか合格点を貰えた私は、国王陛下の前でカーテシーをしていた。膝がガクカクしている。ドレスで跪くわけにはいかないから仕方ないよね。
参列者向けに私の功績とやらが紹介されていくが、まったくもって身に覚えがない……とは言わないけれども、少し複雑な気持ちにはなるのであった。
授与式がどのくらい続いたのかは定かではない。スピーチをするように言われたけれど、まったくもって何も考えていなかった。というかスピーチがあるなんて知らなかった。仕方がないので地方の名物や新しくお店を開店する上でのアドバイスをするサービス、つまりはコンサルティングを考えている、などと話した。
イソパラノル領のような、領民との円滑な関係を構築したいところは結構あるらしいから何でも屋はうけると思ったのだ。ユリアさんのところでお世話になっている以上、下手なことを言うわけにはいかないので緊張した。
日本人だからね! 義理人情わびさびの精神は大事なのである。
「すみません、次って何でしたっけ」
「晩餐会だ」
本日一緒に行動しているハロルドさんは授与式の間、ずっと立ちっぱなしだったにも関わらず顔色一つ変えない。さすがだわ。
「慣れないことなので疲れてしまいました……晩餐会はどれくらいかかるでしょう?」
「いくら礼儀をわきまえた貴族ばかりが参加するといえども、こういう場合には、主役は質問攻めに合うのが決まりだな。終わってもすぐに帰れると思わない方がいい」
ついでに晩餐会の規模もそこそこ大きいようだ。受章者の近くには身分の高い人が座るのが恒例らしい。要は王族だね。それにユリアさんが近くに座ることになるはずだから安心だ。それにカルザさんも公爵だから席が近い。知り合いが二人もいるって素晴らしいね!
クロアさんによるとユリアさんは授与式には参加していたらしいのだけれど、私はクロアさんの猛特訓講座で疲弊していたのと、そもそもいつ王都に来るのか連絡されていなかったから、まだ挨拶できていない。
ちなみにユリアさんが王族と知った時の衝撃は、なかなか大きかった。気が付いたのは大分前だけれど、一ヶ月とはいえ王女様にお世話してもらっていたとか意味が分からないし、ただの女侯爵だというだけでも敏腕で感激していたのにまさかの王族だったのだ。王位継承権第二位というのも、私の想像を絶する事実であった。
大国の王女で王位継承権第二位で侯爵家当主とか強いわ。強くてニューゲームなのだわ……。とはいえ今ではユリアさんがあまりに例外的存在であることは重々承知している所存なのであった。
さてさてやってきました晩餐会! もちろんフルコースである。クロアさんのおかげで、コルセットを着けていてもそれなりの量の食事が食べられるようになった。それでも取捨選択は必要だ。炭水化物は胃の中で水分を吸って膨らむから、なるべく食べないようにしないとね。
椅子を引いてもらい、着席する。そう、レディーは自分で椅子を引かないのだ。クロアさんに指摘されるまで失念していたんだよね。
私の正面に座る国王陛下の右隣には、多分前王妃様とみられる女の人が座っている。伴侶のいる男性は、他の女性の椅子を引かない。国王陛下の左隣に座るユリアさんの椅子を引いたのは、私の知らないお爺さん貴族だった。ユリアさんとは仲が良さそうだ。私は恐れ多くもカルザさんに引いてもらった。
国王陛下というのは普通、お誕生日席に座るものだと思っていたんだけど……なんだか不思議だなあ。
そういえばカルザさんは、私とユリアさんが結婚式準備に深く関わってることを知らないんだったな。なかなか真面目そうなイメージだから、この人にドッキリを仕掛けても面白そうなリアクションは得られなさそうだ。でもそれならすべてが水の泡……。
などと考え事をしていると、カルザさんに話しかけられた。
「ミス……いえ失礼、デイム・マリナ。お久しぶりですね」
「こちらこそお久しぶりです、ノックス公爵。ご婚約の噂はかねがね伺っております。おめでとうございます」
「そのお噂でしたら私も聞き及んでおりますわ」
「アユリアナ王女殿下……」
さすがの私でも、王女殿下の婚約者候補として挙げられておきながら、伯爵家のお嬢さんと婚約(もちろんユリアさん、国王陛下、お嬢さんとは合意済み)というのがなかなか気まずいというのはわかる。このあたりの事情はハロルドさんから。ユリアさん悪気はないんだけどね、たまに空気読めないね。
そのまま少し顔のひきつったカルザさん、平常運転のユリアさんと久しぶりに話していると、お隣に座っていたダンディーなオジサンが話しかけてきた。
「おや、殿下はともかくノックス公爵もデイム・マリナとお知り合いだったのですね。輝かしい功績はかねがね伺っておりますぞ。老人も混ぜていただきたいものです」
これを鶴の一声と言うのだろうか。静かにお食事を口に運んでいただけの皆様から、一斉に質問を投げかけられてしんどかった。私は聖徳太子じゃないので!
そんなこんなで晩餐会、舞踏会等々すべての行事をこなし、現在ユリアさんのタウンハウスに滞在している。ちなみに今日初めて知ったことなのだけれども、ユリアさんの家はたくさんあるようだ。イソパラノル侯爵としてカントリー・ハウスが三軒に、このタウンハウス、それからアユリアナ王女名義で二軒持ってたんですね。
もう一つ補足しておくと、舞踏会は殿方のリードが素晴らしかったおかげで、恥はさらさずにすんだ。次々とお誘いが来て困っているところを、ユリアさんにも助けていただいた。ユリアさんはもちろんのこと、クロアさんにも本当に感謝しかないですね。足を向けて寝られませぬ。
あの若さで一体どうやってとんでもスキルを身に着けたのか。
「さて! ではノックス公爵の結婚式及び披露宴まであと二週間です。本腰を入れていきましょう」
「はい!」
ユリアさんは侯爵様なので、社交のほか私には想像つかないお仕事を抱えているだろうから、私が主体的に動くことになる。今日はユリアさんにカルザさんの婚約者の方を紹介してもらうのだ。アルトさんも同席してくださるらしい。暇人じゃん。
婚約者さんがやって来たのは午後だった。丁度いい、披露宴に並べるスイーツを味見してもらおう。
「ごきげんよう、アユリアナ王女殿下、インゴノール伯爵、デイム・マリナ。本日はお招きいただきありがとうございますわ。わたくしプロトナ・チクロと申します」
「堅苦しいのはよしてくださいな。私もマリナ様も、お会いするのを心待ちにしておりましたのよ」
「デイム・マリナと言えばいま、社交界でのお噂が絶えませんわ。殿下とデイム・マリナに披露宴を計画していただけるなんて……」
話が長くなりそうだったので、メイドさんにタルトタタンを持ってきてもらう。
「プロトナ様、こちら披露宴でお出ししようと考えているタルトです。ぜひご賞味ください」
「そういえばカルザ様から、インゴノール伯爵がアユリアナ殿下のところで珍しいものをたくさん食べたと自慢していたお話を伺いましたわ。もしかしてデイム・マリナが考案しましたの?」
「ええ、まあ……」
「凄いですわ!」
プロトナ嬢は緊張もすっかりほぐれたようで、タルトタタンを堪能し、お喋りに興じた。デイム・マリナではなくマリナと呼ぶようお願いすると、「恐れ多いことですわ」と言いながらもマリナさまと呼んでくれたのである。かわいい。
アルトさんは意外と甘党なようで、レシピをやたらと聞いてくるので企業秘密ですと答えておいた。一体何を企んでいるのやら。
出席者の皆さんにお持ち帰りいただくお菓子は別に用意するのでそれも味見してもらい、私は恐らく同年代の友人ができてホクホクなのであった。




