19:ご飯が進まなくて減量しました
カルザさんの結婚式の準備ですっかり忘れていたのだが、なんとかという称号を賜るために王都へ出向くことになった。ユリアさんは来ない。少し不安ではあるけれど、ハロルドさん、それから顔見知りの騎士さんがいるから大丈夫。
いつの間にかユリアさんに依存しきっていたようだ。恐ろしや。
今日も夕方に出発する。必要なものはユリアさんが手配してくれているらしく、手ぶらで行っていいと言われた。ユリアさんって根回しがすごいんだよね。気がついたときには全て整っているんだよな。
それと王都まで行くのは、日本からヨーロッパまで飛行機でいくようなものだと思えばマシだ。王都まで行くのがめんどくさいのではなく、慣れない場所で過ごすのが嫌なのである。
さらに言うと、今ふつうにザ・ドレスというものを着用しているので、馬車に座ってるだけでも面倒なんだよね。デザインは好みだから、トルソーに引っ掛けて一日中眺める分には不足なし。自分で着るのは別の話だ。
斜め後ろに控えているであろうハロルドさんに問いかける。
「なんとかって賞は凄いんですか?」
「デイムだ。女性版のナイトに当たる。過去に受章したのは二人だったかと思う」
「違いますよ、副団長。勲章にもランクがあって、今回マリナさんが受章するのは最高ランクです。実質初めての授章者です」
「らしいぞ」
聞きたくなかったな! いや、聞くんじゃなかったよほんとに。私まじで何もしてないもん。
「すぐに帰れますか?」
「授与式ののち、晩餐会と舞踏会がある。一週間ほど滞在することになるだろうな」
「じゃあ一週間ずっとドレスを着用……」
「普通の令嬢は一年中ドレスを着用している」
「私は元の世界では庶民だったんですよ。緩いコルセットは着用するようにしているとはいえ、こんな豪勢な衣装を四六時中身に着けているのは疲れてしまいます」
「ダンスの練習はしたのか?」
「……そういえばしていません」
舞踏会あるのに踊れないとか終わってるじゃん!
「主役が抜けるわけにはいかないだろうな」
「直談判して、舞踏会の開催費を孤児院に寄付するようお願いします……」
「開催は決定済みだ。残念だったな」
慰められてるのか、馬鹿にされているのかわからない。渋々と馬車に乗り込む。夕焼けが綺麗だ。カーテンを開けたが、西日が眩しくてすぐに閉めた。
横になって眠ることができるはずもないので、クッションにもたれかかる。
「……飛ばすか」
御者台にいたハロルドさんの呟きは、馬車の中にいた私には聞こえなかった。
◇
ぼんやりしているとカーテン越しに淡い光が差し込んできた。朝日だ。
カーテンを少しめくってみると、めちゃくちゃ広い庭が広がっていた。
「あの、ハロルドさん。ここは?」
「王都だ」
御者台の方についている窓を開けてハロルドさんに訊ねるも、即答された。いつの間にか城壁は超えていたようだ? それにしてもこの窓初めて使ったけど、便利だわ。
そうじゃなくて。
「でも城壁は……」
「あれは王都のはずれだ」
「はい!?」
もう色々理解できないので諦めて景色を見ることに徹する。正門の向こうに見えるザ・王宮から朝日が登るようになってるのすごいよ。日本人が中国の皇帝を怒らせた逸話を思い出す。あれいつの話だっけ、遣隋使?
今日は特に人払いがされているわけでもなく、普通に馬車から降りるとユリアさん並の綺麗なお姉さんが立っていた。
「シミズ・マリナ様、王城滞在中のお世話を殿下より言い付かりましたクロアと申します」
「あ、はい、清水茉莉奈です。よろしくお願いします」
「私に敬語は不要ですよ。荷物は全て運び込んであります。こちらへどうぞ」
クロアさんに案内されて、ものすごく広い王宮の廊下を歩く。ハロルドさんたちは勝手知ったる場所だし、そもそも何事もなければここが勤務先なので別れた。
まず充てがわれた部屋で朝食を摂る。ユリアさんのところで食べているものより豪華な気がするのは単に、最近カルザさんの披露宴に向けたメニュー開発で地球のものを再現しようとしているからだ。試作品はまかないになる予定だったけれど、私が食事に出すようお願いした。
日本食を再現していると、故郷が恋しくなる。味噌汁食べたいけど、豆腐と味噌の作り方がわからないから無理なんだな。せめて豆腐だけと思っても、材料であるにがりってどうやってゲットするんだ? 味噌のほうがハードル低いかもしれない。発酵させるだけだし、多分。
でもごまに似たものを発見したから、おひたしが作れるようになったんだよね。醤油味はしないけど。とにかくあっさりは正義。
日本食に思いを馳せながらエセフレンチを完食。食後にお茶が出るのはここでも変わりない。
「あの、王都滞在中にするべきことはなにも聞いていないんですけど、もうスケジュールが組まれてたりするんですか?」
「本日はボディマッサージとフェイスマッサージをさせていただきますね。夕食後に湯殿へ案内いたします」
「湯殿?」
「噴水をご覧になっていただければわかりますように、水が貴重なのではなく入浴できるだけの水を温めることが困難なだけなのです。儀式前くらいにしか使用されませんから、ご存知なくても無理はないかと」
どうやら風呂に入れるということなので、少しテンションが上がってしまうな!
「それから本日はきちんとされているようですが、本日からは連日コルセットをしっかり着用していただくことになります」
「一週間なら耐え切れますよ!」
自信満々に笑みを湛えて元気よく返事をすると、クロアさんは怪訝そうな顔をした。
「殿下から詳細をお聞きになっていないのですか?」
「え? ユリアさんは授与式の一週間のためにって……」
「確かに授与式は晩餐会や舞踏会、ほかにも署名式などが合わさって一週間ほどかかりますが、マリナ様に滞在していただくのは授与式への準備期間を含めて一か月となっております」
なにそれ初耳だよ!
「授与式までの三週間をうまく使えば、おそらくダンスもそれなりに踊れるようになりますし……良き思い出になるかと」
「私が踊れないことも連絡済みでしたか……」
「それも踏まえて設定された準備期間です。ノックス公爵閣下の結婚式準備を離れることを心配していらっしゃることも聞き及んでいますが、ダンスは身に着けていて損いたしませんよ」
これは確実にスパルタ指導が待っているんだろうなあ。遠い目をしている私に、さらに追い打ちがかかる。
「歩き方や食事の作法も先ほど確認させていただきましたので、所作の指導もいたしますね」
「お手柔らかにお願いします」
即答。
そしてクロアさんはなんとも不穏な笑みで答えてくださったのであった。
それからは怒号の日々が続いた。歩き方はもちろんのこと、お辞儀の仕方、笑い方、話し方といった基礎から始まり、午後はみっちりダンスの練習である。二日に一度アルトさんが来るんだけど、アルトさんいつ仕事してるんだろ。
ちなみにアルトさんはダンスのレッスンに協力してくれている。要はお相手を務めてくれるということだ。ただしダンスは思っていた以上に密着するのでしんどい。それから練習中にさっきのターンよかったですよ、なんてほめてくださるのはいいんだけど、まだ会話しながらダンスなんて器用な真似はできないんだよなあ。課題がどんどん見つかる。
それから挨拶のテンプレート……いや、挨拶の定型文の暗記やティーカップの持ち方、置き方。いわゆるお茶会の作法とかいうわけのわからないものまで詰め込んだ。詰め込み教育って良くないんじゃありませんでしたっけ!
ちなみに毎日クロアさんの手によって、朝からコルセットがばっちりキマっていた。つまり朝から胃が圧迫されていて、一日中食欲が湧かなかった。この状態でお茶会だの晩餐会だのに参加して、平然と料理を平らげる令嬢は本当にすごい。胃は別空間にあるんじゃないのって聞きたくなる。
クロアさん曰く、幼いころからの慣習であるかそうでないかの違いだけであり、私も続けていたら彼女たちみたいになれるそうだけれども。
地球でコルセットダイエットの本を出したら流行ると思う。まじで。




