16:きらきらひかる、がらすのうつわ
少し肌寒くなってきた。こちらにも四季があるならば、私が転移してきたのは春頃なのかもしれない。
硝石畑は完全に騎士さんに委託している。使い方として、かつて元寇のときに使用された『てつはう』を提案した。黒色火薬そのものの威力はあまり高くないけれど、中に金属片を詰めることで、殺傷力が期待できる。賢いやり方だ。ユリアさんには、鉱山でも使えると説明しておいた。
手回し扇風機は設計図すらできていない。
「今日はゼリーがおやつなのですって。少し季節外れですわね」
「器がガラスではないからいいじゃないですか。私は好きですよ、ゼリー」
中国では高貴な人の皿は銀製だったとかなんとか。でもこちらでは銀の皿は使わない。温かみのある陶器の皿だ。
食器は銀食器だけどね。屋敷の女主人であるユリアさんはともかく、私が毒殺される心配なんてないと思うんだけどな。それにヒ素なら銀に反応するけど、それ以外の毒はダメだったと思う。それから酢の物は銀を腐食して、逆に毒になる。面倒だな。
「ガラスの器? そんなものがあるのですか?」
「私の国ではガラスは大して珍しいものでもなかったので……」
どうやらこの国ではガラスは貴重品らしい。このお屋敷には普通に使われていたから、ちっとも思いつかなかった。でもそれってガラスの加工技術に乏しいってことだろうか。
地球で最も古いガラス製造技術は、たしか吹きガラスってやつだ。たしかパイプに空気を送って膨らませるやつ。また、正倉院に収められている、黄金瑠璃細背十二稜鏡の背面には、七宝が使われている。これは確かまだ不完全なガラス技術だった。大昔からガラスの製造があったというのが面白くて、覚えていたのだ。
それからノートルダム大聖堂はステンドグラスで有名だけど、建設されたのは十四世紀頃じゃなかったかな。
もっと言うとびいどろ、いや、ぽぴんと呼ぶほうが正しいかな? ぽぴんは浮世絵にも描かれていた。近世で既に確立していた技術も、ここではそうでないようだ。
それなのに一体どうやって、こんなに透明で綺麗で大きな窓ガラスを作っているんだろう?
「窓にはガラスが使われていますよね?」
「ええ、権力の具現化でもありますので、貴族の邸宅ではガラスを使用するのが一般的ですの。ガラスは輸入物ですので、大きい方が高いです。一応自国での生産も試みておりますの」
「一般家庭では窓はどうしているんですか?」
「小さな窓を高い位置に設けます。木製の雨戸がついていますので、雨の日でも大丈夫なようですわ。最近では鎧戸も普及していますので、大きめの窓も多いようです」
ガラスだと割れるから、防犯面があまりよろしくないか。日光を取り入れるにはいいと思うんだけど、鎧戸が普及してるなら問題ないのか。それに窓の外側を狭く、内側を広くすれば、厚い壁でも比較的多く採光できるし。
つま先で大理石の床を叩きながら、化学の授業を思い出す。もし輸入元がガラスの製法を秘匿して、ある意味特許のように扱っていたとしたら?
「ガラスの価格が下がったら、まずいですかね?」
「もしかして、硝石のようにゴミからできるということですの?」
「ゴミからというわけではありませんけど……」
その時執事さんがやって来た。
「インゴノール伯爵がお見えなのですが、いかがいたしますか?」
「お通しして」
「かしこまりました」
インゴノール伯爵というのがアルトさんだというのは、最近知った。たまに手紙が届くのだ。なんでも私の生活費はアルトさんが管理しているそうだ。欲しいものがあったら手紙を書くように、という手紙が頻繁に届く。一体稼ぎゼロの私の生活費がどこから出ているのか、全くもってよくわからない。
「私、移動したほうがいいですか」
「多分マリナ様のことだと思うので、むしろ居てくださいませ」
「さすが殿下ですね、ご名答」
アルトさんが席に着くと同時に、メイドさんがお茶を持ってきた。
「マリナさん、調子はどうです?」
「至って良好ですよ」
「最近は色々な発明をしているとのことですけれど」
「発明ではありませんよ」
ちなみに謙遜じゃなくてマジです。
「研究開発費が必要になったらいつでも連絡してくださいね」
「私は何もしていないので必要ないですよ」
提案してるだけで、実行してるのは他の人です。
「マリナ様、それ国の回し者ですから。それ以上相手をする必要はありませんよ」
「国の回し者とは酷いですね。この国にとって有益なものが多いので、アプローチしているに過ぎません。マリナさんがこの国の知的財産になり得るから保護すべきだ、と唱えたのは殿下ですよね」
「国に独占されては地方の発展は見込めませんもの」
おや、雲行きが怪しくなってきたぞ。
アルトさんはにこやかに続ける。
「例えば農業の新しい指針を打ち出したそうですね。まだ試行段階とはいえ、上手くいけば国力の大幅な強化につながります」
四輪農法か。一体どこからその話が漏れたのか。
「カヤクは素晴らしい。鉱山での使用を推奨しているそうですが、どう考えても兵器にもなりえますよね。ゴミから兵器ができるなど、誰が考えるでしょうか」
そうですね。簡易な兵器としては、てつはう提案しちゃいましたし。
「マエバシに至っては、こちらでの訓練を終えた騎士が王都で広めたもので、そこらじゅうで定規が販売されていますよ」
「それは聞き捨てなりませんね!」
思わず叫んだ。
「長さの単位、マエバシは統一された規格が売りですので、正確性が失われることがあってはいけません」
それでは古来からある、個人の指や腕の長さを基準にするのと変わらない。
「積極的に使っていただく分にはかまわないんですが、粗悪品の定規が出回るのは困ります。硝石畑も四輪農法も、それでお金儲けをすることを考えているわけではないので、別に秘匿したいとは思っていません」
「さすがに硝石はまずいでしょう」
すかさずアルトさんからツッコミが入る。
「他国に漏れれば、この大陸が火の海となる恐れがありますからね」
「それは嫌です……」
ユリアさんが望むのは地方の発展、アルトさんが望むのは国益。私が望むのは平穏な暮らし。
「農業は詳しくないので鵜呑みにしないでください。硝石は騎士さんが作るのが最適だと思います。マエバシの定規やメジャーは、国の認証がある店舗でのみ販売可能等の条件をつけて下さい」
私は二人の望みも十分正当な要求だと思っている。だから否とは言わない。ついでに近代国家で取り入れられていた手法を付け加えて。
「相談していただければ一緒に考えはしますが、私は専門家ではなく一介の学生だったので、全て正しい意見を出せるとは限りません」
それから私に責任がのしかからないように。我が身はかわいい!
「確かにそれならば……」
「いいかもしれませんわね」
アルトさんとユリアさんの反応は、実にあっさりとしたものだった。
それからマエバシ製品を販売して得られた利益の一部は、表向きには私が受け取ることになった。そのお金は実際には教会に寄付されて、子どもたちの教育に役立ててもらう。寺子屋作戦だ。
寺じゃないけど。
「そういえばインゴノール伯爵がいらっしゃる前に、ガラスのことで何か言いかけていらっしゃいましたよね?」
「ああ、単に私の世界で石材として扱われていた石が、ガラスの原料として利用されていたことを思い出しただけです」
「それはカヤクと同じじゃないですか!」
ユリアさんより食いつくアルトさん。
「ソルベー法という方法を用いると、ガラスの原料となる炭酸ナトリウムが作れます。アンモニアが必要になりますけどね」
それこそハーバー・ボッシュ法を一緒に使う必要がある。
「大理石は石灰石と呼ばれ、コンクリートという建築材にすることもできます」
アルトさんは興奮してすごい勢いで手紙を書いていた。多分アンモニアやコンクリのくだりは聞いていないだろう。ちなみにこの話をした二ヶ月後、再び屋敷に現れたアルトさんが、かなり透明度の高いガラスの器を持っていたので、私は度肝を抜かれたのであった。
案の定ヨーロッパと同じで、ここでも石灰石は大量に採れるようだ。価格の暴落を防ぐために最初の生産量は少なめ、王都では来月から販売するらしい。輸入も少しずつ減らして、いずれは国産ガラスを国内シェアナンバーワンにする予定らしい。
ある日聞こえてきた騎士さんたちの話では、ここは隣国との国境なのだそうだ。だからハロルドさんは国防に役立つものがないか聞いてきたのか。
戦争の火種となる可能性のあるものを提案するのははばかられるけれど、鉄砲のような武器が存在したことも伝えておこうか。仕組みを知らないので形になるには時間がかかるだろう。防具を伝えられたら一番いいんだけど、残念なことになんの知識もない。
生活費を出していただいている以上、出来る限り協力したいとは思う。ただ、この国にどれくらいの化学者がいるのか私には計り知れないけれど、原爆のような怖ろしい兵器が生まれてしまわないように、ある程度の情報操作は必要になるだろう。固く心に誓った。
これぐらい文明が発達してたら普通に自国でガラス生産できたような気もします。




