15:食料改革なぞできるわけなか
硝石畑を作ってから早三ヶ月。まじで硝石できました。畑に浮いた白いものを、臭いに耐えて集めて集めて火をつけたら爆発しました。ハロルドさん、めちゃくちゃ驚いてました。
そんなこんなで騎士さんたちから硝石畑のお世話に関する協力の申し出が殺到。
ちなみに定規は希望者全員に配布できた。手回し扇風機はまだだけど、定規はかなり発達した。布を使ってメジャーもどきをつくったのだ。こちらも量産して希望者に配布している。特に女性、メイドさんに人気だ。
絶対オーダーメイドのお店にはメジャーあると思うんだけど。それも独自の規格だったりするのかな? でもきっとそのお店はその規格を使い続けるのだろうから、私の好意は営業妨害ではない。
雛形になった、紙製センチマエバシ原基は大切に保存してある。技師になりたいからと言って頑張って機械工学科に入ったのに、どうしてこんなことをしているのだろう。なんて悩んでいても仕方がないんだけど。毎日私にできることを少しずつこなしている。
「マリナ様って農業にも精通されてたりとかありません?」
「農業ですか?」
ある日朝食の席で唐突に切り出された。何を言い出すのだこの人は。
「近年開拓した新しい農地の実りが悪いそうなんですの」
「えっと……何を育てているんですか?」
考えられるとしたら、連作障害か土中の窒素不足か。もしくは土壌病害虫。連作障害は大麦、小麦、蕪、クローバーを代わる代わる植えるといいんだったか。
四輪農法は高校の地理でやった。でも小豆は同じ土地では育たないとか、そのあたりの細かいところはなんともあやふやな知識しかない。
ユリアさんは即答した。
「大豆ですね」
窒素肥料めちゃくちゃ必要なやつですね。
私はユリアさんに土壌の基礎知識をレクチャーする羽目になった。なぜだ、三圃式農業どこいった。
「同じ土地で同じ作物を作り続けると、土地から栄養がなくなってしまいます。作り続けても大丈夫な作物とそうでない作物の見極めが大切です」
「大豆はどうなのですか?」
「窒素……空気や排泄物に多く含まれる栄養が大量に必要です。何年も続けて作ることはできません」
「そのチッソというのは硝石の生産にも必要だと仰っていましたわよね」
「人の体をかたちづくる上でも必要ですよ」
植物も人間も、材料となる元素は同じだ。だからといって植物から人間が産まれるわけではないけど。
「麦であれば毎年作れますの?」
「一年を一サイクルにして、季節ごとに違う作物を作ることになりますね」
それこそさっきの四輪農法を使えばいい話だ。荒れた土では戦時中の日本のように、さつまいもやかぼちゃを植えるのがいいと思うけれど、この国に似たような作物があるとは思えない。どちらも原産地はラテンアメリカだ。いや、メキシコは中央アメリカだったかな?
ともかくヨーロッパに似た文化や、おそらく気候をもつこの国に、さつまいもやかぼちゃがそう都合よくあるわけない。
「ではその方法を詳しく伺っても?」
「ええ、作物に必要な栄養はほぼ同じですが、特定の栄養をより多く必要とする作物もあります」
大麦と小麦はあるらしい。クローバーは、要は牧草と同義。蕪は絵を描いて色を説明。ラディッシュでも可能なのかは知らないけれど、まあいいだろう。牛の餌にする草だと言えば分かってもらえた。
四輪農法の優れた点は、冬場の家畜飼料を確保できるところだ。もしうまくいくことが実証されれば、食糧事情が変わるのではないかな。
ラテンアメリカ原産穀物を育てるのが一番いいけど。
「では各村の一部の区画で実験的にやっていただくことにしましょうか……みなさん初めは半信半疑でしょうし」
「それがいいと思います」
豆類は一度植えたら五年はその畑を使わないように、と言っておいた。大豆を育てたあとの地力がどれくらいで回復するものなのか、私は知らない。五年で十分かもしれないし、足りないかもしれない。
未だに空白の私の花壇は、屋敷の庭と比較すると猫の額ほどの大きさだ。四輪農法を実践するには圧倒的に狭い。というか畑なんてしたことがない。さすがに水さえやっておけば勝手に育つというわけではないだろう。
「いい作物には土地を肥えさせることが大切です」
肥料はひとまず落ち葉や枯れ枝でいいとして。スコールもないようだから、腐葉土が流されることもないだろう。それから他に大切なことといえば……。
「土の色は何色ですか?」
「土の色?」
このあたりでも高校の地理の授業が生きる。黒色土は肥沃なチェルノーゼム。ウクライナあたりに広がっている。小麦栽培が盛んだ。ブラジルでコーヒーを育てているのはテラローシャ。ブラジラ高原南部にある、紅紫色で玄武岩の風化土だ。
テラローシャと間違いやすいのがテラロッサ。イタリア語で赤い土を意味する。地中海沿岸に広がる石灰岩の風化土壌で、あまり肥沃ではない。果樹栽培に利用されている。
「それは分かりません。土の色で適する農作物が分かるなんて、面白いですわね。早馬を走らせますわ」
土の色と適する作物については、地球の基準で考えているので断言はできないんだけどな。一応あとで紙にまとめておこう。
それから厨房で加工前の野菜や果物を見せてもらう必要があるかもしれない。葉物野菜は絵を見ても区別がつかないんだよな。毎食材料を聞いてメモしているから味は覚えたけれど、加工前の状態を知っておくことも大事だと思う。
それに私はスーパーに売っているような野菜しか知らない。ついでに、例えばお正月に食べる百合根やくわいは具体的にどんな状態で生えているのか知らない。とりあえず加工前の状態を見て、味を覚えて、栽培環境を知って、乏しい知識と照らし合わせるくらいしかできることはない。
それにしても素人どころか、地理の授業でしか農業について学んだことのない人間の知識なんて、役に立つのだろうか。中学校の技術の授業でも、いちごを育てたりしいたけ栽培をしたりしたけど。あれプランターもどきで育ててたし。
「マリナ様のその知識はどこで蓄えたのです?」
「学校ですよ。六歳から十五歳までは義務教育と言って、みんな絶対に学校に通わなくてはいけません」
「貧しい家庭では痛手になりますわ……。通えない子も多いのでは?」
「授業料は税金で賄われています。教科書もただです。各家庭が支払うのは給食費と、持参する筆記具代くらいですね」
上靴とか体育館シューズとか、PTA会費もあるだろう。体操服や、学校によっては制服、標準服を用意する必要もある。
「では識字率はかなり高いんでしょうね。素晴らしいですわ」
「昔はよほど裕福でなければお寺……えっと、教会で読み書きや計算を習うことができたんです。そういうものから始めるのがいいかと思います」
手回し扇風機の前にそろばんを作ったほうがいいかな。
そうそう、この世界にももちろん宗教があって、崇めているのはテヤという神だそう。翻訳は合っていた!
キリスト教だと名前はほぼ出てこないけどヤハウェだし、いや、キリスト教もイスラム教もユダヤ教も崇めている神はみんな同じか。ともかくヤハウェのように、みだりに名前を口にしてはいけないという決まりはないらしい。イエス・キリストやアッラーのような預言者とかそういうのはいないみたいだ。
それから教会はカトリックの教会と違って鐘がない。海外旅行先で一度だけ見たことのあるシナゴーグとも、また違う。こっちの教会、まだ絵でしか見たことないんだけどね! 私自身の改宗は迫られてないのでゆるゆるなのかな?
そういえば幸いなことに、こっちと地球では、存在する元素がほぼ同じなのか、体調不良は見受けられない。体を構成する上で必要な元素が抜けたらどうなるかなんて、知らないんだけどね!
空気中の酸素や窒素、二酸化炭素、アルゴン等の割合も似通っているだろう。ほんと、異世界転移ってだけでも天文学的確率なんだろうけど、さらに転移先は地球の人間が暮らせる環境で、しかも人間と同じような知能、文明を持った生き物が生息しているって、まさに奇跡じゃないかな。
ほんと、運がいいような、悪いような。
何世紀かは忘れましたが、硝石畑で硝石採取する仕事はあったらしいですね。




