13:暇を持て余し候
引っ越し先は豪邸だった。私にあてがわれた部屋は相変わらず巨大で、なんだか気後れする。
そしてやることがないことに変わりはなかった。言葉の勉強および翻訳を差し引けば、私にはすることが本当になにもない。
その翻訳なのだけど、できるところはあらかたしてしまって、あとは私の知らない単語とか、その、ちょっとどろどろした恋愛事情など……が綴られていたので諦めたのだ。ユリアさんに内容を聞かれたときには、素直にわからなかったと答えておいた。
当のユリアさんはと言うと、御用があるときにお呼び下さいみたいなスタンスだ。それから王城と違い、比較的自由が効く。でも庭に出るときは絶対騎士さんがついてくる。たまにハロルドさんだ。
大して話題も提供できないのに、私のお散歩に付き合ってもらうのがものすごく申し訳ないので、庭に出るのはたまにでいいやと思っている。
お散歩ってまじで歩くだけだからね。ベンチに座っても騎士さんは立ちっぱなしで、本当に申し訳なくなるのだ。
しかし本当に暇だ。
というわけで工作をすることにした。申し訳なさを振り切って庭に出る。そんでもって、庭師のおじいさんに、身振り手振りで思っていることを伝える。ノコギリゲット!
止めてくれるなよ騎士さん。これがないと本当に暇なんだ。自殺なんてしないし、傷害事件を起こすつもりもないから!
木材や金槌、釘もくれたのだけれど、ヤスリがない。カンナもない。まあいいか。なに作ろう。
日曜大工の定番といえば、本棚や踏み台だと思うのだけど、ここには必要ない。もっと実用的で、文明的な何か……小学生の時に、昔の人の暮らし~とかいう感じの授業があったような気がする。
よし、手回し扇風機を作ろう。
私の記憶が正しければ、正方形の箱の横にハンドルが付いていて、それを回すと上についているプロペラが回るというものだった。上部は一般的な扇風機のカバーが付いていない版。もちろん首もそこそこの長さがあった、と思う。
問題があるとすれば、歯車とか棒作るの大変じゃね? 程度なので、まあのんびり作業していれば三ヶ月位で終わると信じている。とりあえず部屋に戻って、貰った道具一式を部屋の隅に置いた。設計図大事だからね! いきなり作業に取り掛かるなんてことは論外なのだ。
もう一つ気がついたことといえば、定規が無いことだ。これはなかなか致命的である。定規なしにどうやって木材を切断しろというのか。この部屋にある家具を作った職人さんたちに、こっそりと畏敬の念を送っておこう。
手回し扇風機への憧れは断ち切れないけれど、まずは長さの企画を作ろう。
自分の手を広げた時の、親指の先から小指の先までの長さが……十八㎝くらいだっけ? 親指の幅は一㎝より広いんだよね。何かしら調べといたら良かった。自分を基準にして考えるのは諦めて、翻訳セットから字で埋まった紙を一枚取る。
半分に折って、そのまた半分に折って、という作業を繰り返して、大体一㎝くらいにする。厳密には一㎝ではないので、これを一㎝とする。一センチメートルではなく、一センチマリナだ。安直。
ご存知かも知れないが、センチやキロは十分の一とか百倍とかいう意味なので、そのまま使っている。
さて、ここに新しい長さの単位が生まれた。自分の名前なのがクソダサだけれど仕方がない。ネーミングセンスないんだもん。
それはさておき、この新しい単位、マリナはさすがにダサいのでマエバシにしよう。一㎝で一センチマエバシだ。これなら表記するときは慣れ親しんだ㎝で済むし、読み方にさえ気をつければいいのだ! あれ、センチマリナでも㎝だな。まあいいや。
何故群馬県の県庁所在地を採用したかというと、単にmから始まる固有名詞を他に思いつかなかっただけなのだ。べつに私は群馬県民ではない。
次に、ズボンを調達する。これがなかなか難しい。
ズボンがほしいです→なんで?→のこぎりで木を切りたいです→危ないからダメ
という図式が目に浮かぶ。私がノコギリを受け取った時、騎士さんの驚愕様すごかったし。速攻でユリアさんに報告してたし。
仕方ないので、どうにかしてゲットした下町女の子の服に着替える。入手には一週間かかった。毛色は秘密である。なぜかコスプレ気分。
木材とノコギリを持って庭に出る。もちろん騎士さんがついてくる。なんでいるのか本当に謎なんだけど、多分異分子である私が事件を起こさないように見張っているのだろう。
定規を作りたいのでナタでもいいんだけど、ノコギリを使用。軍手なんてないので、左手は素手だ。
「マリナ殿、自分やりますよ」
「自分でやりたいので、いいです」
騎士さんの申し出も、しっかりお断り。自分で切れますから!
騎士さんに見守られながら木をギコギコし、三十センチほどの細い板を切り出したら作業終了。騎士さんは私が何をするつもりなのか気になるようで、部屋の中にまでやってきた。
「長さの基準を作ってみました」
「長さの基準?」
フランスで距離の測定しているときに、革命軍に王国軍だと勘違いされた、とかいう話を聞いたことがあるので、地球でのメートルの歴史はそこそこ古いはずだ。世界史分からない。こちらにも長さの単位があってもおかしくなさそうなのだけどなあ。
釘を使って、木材に傷をつけていく。傷をつける間隔の基準は、もちろんさっき紙を折って作った一センチマエバシだ。
二十センチマエバシくらいまで作ったところで説明する。
「これが一センチマエバシで、一センチマエバシが十集まると一マエバシになります」
小学校で使った三十センチ定規に習って、十センチマエバシと、二十センチマエバシのところは長い傷、それから五センチマエバシ間隔にはすこし長い傷がついている。
後で色をつけよう。
「これはわかりやすいですね」
「一マエバシが十集まると一デシマエバシ、百集まると一キロマエバシです」
至極真面目に説明するけれど、単位が単位なので笑ってしまう。
「マエバシが長さの単位なのですね。倍率によって呼び方が変わるのは、すっきりしていいと思います」
「すっきり?」
「この国にも長さの単位はありますが、地域によって違いますし、呼び方も一つだけですね。数値が大きすぎると具体的にどれくらいなのか想像しにくいです」
「なるほど」
しばらく話していると、ユリアさんがやって来た。
「何をしているのです?」
「殿下、マリナさんが凄いものを作っています」
「そんな、大したことないですよ」
「ぜひとも教えて下さいまし」
ユリアさんにもマエバシの説明をすることになってしまった。なんてシュールなんだ。
「これは素晴らしいですわね」
「ですよね!」
マエバシでここまで盛り上がるとは思わなかった。
というかめちゃくちゃノリノリの騎士さん。この人ちゃんとチェックしとかないとな。この人の担当日は工作しないようにしよう。自分のペースで工作できないじゃないか。
「マリナ様、これは凄いですわ! ぜひとも普及すべきです!」
「マエバシを、ですか?」
「ええ! マエバシをです!」
「マエバシではなくて、もう少しこちらの人たちが馴染みやすい名前にしたほうがいいと思いますけど」
「いえ、マエバシでいきましょう」
まさかのマエバシ採用。
「ところで家具を作る人は、どうやって木材の長さを合わせているのですか?」
「工房ごとに長さの規格があるはずです。残念ですけれど、詳しいことは存じ上げませんの」
企業秘密ってやつか。マエバシをどうやって普及させるつもりかは知らないが、いつのまにかほかの騎士さんたちや屋敷の人にも、マエバシの話が伝わっていたらしい。お庭に出てすれ違う際にはなぜか二度見されるなどした。握手もした。よくわからない。
ただ、これは本当にマエバシが普及してしまうかもしれないと思った。




