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帝国にたどり着いた後、私は皇帝の計らいでしばらく城に滞在することになった。
いくら本当の家族だとは言っても、初めて会う人ばかりでは心が休まらないだろうと。
最初は城なんて畏れ多いと遠慮しようとしたが、それはハルに却下されてしまった。
ただたしかに緊張していないと言えば嘘になる。
だから結局は言葉に甘えさせてもらい、少しの間滞在させてもらうことに決めた。
城にいる間はいつもハルが共にいてくれて、とても心強かった。
やっぱりハルの側は安心する。
けれどこれを口にするのは恥ずかしいので、秘密だ。
そして帝国に着いて数日後。とうとう家族と会うことになる。
この日の私はとても緊張していた。
本当の家族の存在を知ってから、何度も何度も想像した。
父にはもうすでに会ってはいるが、母と兄はどんな人なのだろうかと。
皇帝もハルも父も、みな一様に優しく家族想いだと言うが、それは本当なのか。
それならば彼らは、私を受け入れてくれるだろうか。
そんなことをぐるぐる考えていると、ハルがそっと私の手を握り『大丈夫』そう言ってくれた。
心強い味方のおかげで、緊張が解れたのを覚えている。
再会の場は城の応接室。
ハルと共に部屋の中で待つ。
それから少しして、扉の外に誰かがやって来た。
ゴクリと私は息をのむ。扉の向こう側に父が母が兄がいる。
――コンコンコン
「どうぞ」
扉がノックされ、ハルがそれに返事を返す。
そして開いた扉から、三人の男女が入ってきた。
一人は父であるニール・マリアント。
そしてもう二人の男女は……
「ああ、可愛い私の娘……ずっと、ずっと会いたかった!」
「妹が目の前に……神様感謝いたします……!」
二人は私を目にした途端、その場で涙を流し座り込んでしまった。
「大丈夫ですか……?」
私はその様子にいてもたってもいられず、自分から二人へと近づいた。
ハラハラと涙を流す女性。この人が私のお母様、イリーナ・マリアント。
皇帝も父も私は母に似ていると言っていたが、自分も本人を目にしてそのとおりだと思った。
色は違う。けれど目も鼻も口もよく似ている。
間違いなく私は彼女から生まれてきたのだと理解した。
そしてその隣で涙をぬぐい、私に笑顔を向けている青年。
彼が私のお兄様、カイル・マリアント。
年は私より二つ歳上で、父に似た美青年だ。
私たちの顔は似ていないが、髪と瞳の色にはたしかに血の繋がりが感じられた。
(この人たちが私の家族……)
心のどこかで、彼らに受け入れてもらえなかったらと不安だった。
しかしそんな心配など不要だったということを、私はようやく理解した。
心がポカポカと温かくなる。
家族ってこんなに素敵なものだとは知らなかった。
まだお互いにたどたどしいところはあるが、これから少しずつ互いのことを知っていければいい。
それから家族はいつでも私に愛を伝えてくれた。
最初はくすぐったく慣れなかったが、今では家族の愛がとても心地よい。
私もいつか愛を伝えられたら……
それと私は、家族から新しい名前を贈られた。
以前の名前には特に思い入れもないし、いい記憶もない。
けれどハルが呼んでくれるレイという愛称は残したい……
そんな私の望みを家族は聞き入れてくれた。
レイラ・マリアント。
これが私の新しい名前だ。
私はこれからの人生を、この名と共に生きていく。
余談だが、私たちが去ったあとのメノス王国は、それはもう大変な状況だったらしい。
王太子殿下たちは己の身の潔白を叫んだが、その言葉を信じる者はいなかった。
私が本物の公爵令嬢であるとは本当に知らなかったとは思う。
あの日の彼らの反応は、それを如実に証明していた。
しかしだ。あの時も私はノスタルク公爵家の令嬢だった。しかも王太子殿下の婚約者。
そんな私を冤罪で貶め、飼い殺しにしようとしたのだ。
このような暴挙が平然と許される国に未来があるのか。
否。上に立つものが変わらぬままであれば、国交を続けても不利益しかもたらさない。
帝国は国際的な会議の場で、そう王国を非難したのだ。
当然各国は帝国の発言を支持した。
そしてこの発言によって、王国内は非常に不安定なものになる。
貴族たちは国王に退位を迫った。
こうなったのはすべて王家とノスタルク公爵家のせいであると。
もしも帝国からの小麦の輸入が止まってしまえば、国は餓死者で溢れかえる。
それは避けねばならない。それを避ける唯一の方法……皇帝は言っていた。
上に立つ者が変われば国交を続けると。
そう議会が紛糾している間に、王国の各地で暴動が起こった。
このまま帝国の怒りが収まらなければ、主食である小麦が手に入らなくなる。
それは民からしてみれば死刑宣告に等しい。
さらに帝国を支持している国からの物資も途絶えてしまうかもしれない。
そんな不安から起こった暴動だった。
結局国王は暴動に恐れをなし自ら退位。
当然王太子も廃嫡され、辺境の地へと送られた。
ノスタルク公爵家は取り潰しは免れたものの、公爵から子爵へと降爵され、領地のほとんどを没収された。
今や日々の生活にも困る状況らしい。
そんな状況の中でリリアンは結婚した。
相手は金持ちだが随分歳の離れた商会の会長で、しかも五人目の後妻。
きっと金に困ってなりふりかまっていられなかったのだろう。
けれどその商会長には後ろ暗い噂が沢山あるそうだ。
一時は恩恵を享受できるかもしれないが、一生は難しいだろうねと、ハルが言っていた。
こうしてあの断罪劇に関わった人間は、次々と表舞台から姿を消した。
ただことの顛末を聞いた今だからこそ思う。
もしも断罪をする場が、あのパーティーではなかったら、表舞台から姿を消したのは私の方だっただろう。
欲をかかなければ、あの人たちの企みは成功していたかもしれない。
そう思うと私は王太子と国王、そしてノスタルク家の愚かな考えによって救われたとも言える。
ただ感謝をしようとは全く思わないが。
その後メノス王国では、元国王の異母弟が国王に即位した。
彼は幼い頃から元国王に虐げられており、邪魔だからと国から無理やり追い出されていたそうだ。
他国で結婚し、子どもにも恵まれ穏やかに暮らしを送っていたのだが、他に王位を継げるものがいないこと。それに長く他国で暮らしていたこともあり、王国の体質に固執することなく柔軟な考え方ができる人物であると判断され、帝国の支持を受け国王に即位したのだ。
王国に特に思い入れはない。けれど国民に辛い思いをして欲しいわけではない。
少しでも早く王国内が落ち着き、皆が穏やかに暮らせていけたらいいなと心の中で願った。




