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「テオハルト殿下?なぜ止めるのです!」
「王太子殿。貴殿は先ほど、この件は王国と帝国の友好に関わると言っていたな」
「え、ええ。その通りです」
「ならばなぜ私の意見を問わない?彼女が帝国貴族を騙ったというのなら、この件は帝国の問題でもある。違うか?」
「い、いえ」
「私はこの祝いの場で行われた断罪について、帝国の代表として一分の不備もなく、つまびらかにする義務がある」
「それは……」
一体何が起こっているのか。そしてこれから何が起こるのか。
みなが固唾を呑んで、二人のやり取りを見ている。
「何、私はただ一方の話だではなくもう一方の話もきちんと聞きたいと思ってね。だから彼女と少し話をさせてもらえないか?」
テオハルト様は王太子殿下に対してお願いをしているが、これはお願いではない。命令だ。
絶対的格上からの命令。
たとえ王太子殿下であろうと、否とは言えない。
「っ……分かりました。衛兵下がれ!」
衛兵たちが下がるのと同時に、テオハルト様が私の元へ近づいてくる。
私はその様子をただ静かに見つめた。
あの表情はまるで、迎えに行くって約束した時のハルと同じ表情。
ずっと忘れていたのに、今になって思い出す。
「迎えに来るのが遅くなってすまない」
「……ハル?」
私の口から最初に出てきたのは、無実を訴える言葉でも、この現状を悲観する言葉でもない。
そんなことよりも彼は本当にハルなのか。
それを確認することが何よりも重要だった。
「うん」
「本当にハルなの?」
「ああ、本当だ」
「っ……会いたかった……!」
私の頬を涙が伝う。
辛くても涙は流さなかった。
けれどこれはどうして?嬉しいと涙が流れるものなの?
今は泣いている場合ではないのことは分かっている。
けれどとめどなく涙は溢れてくる。
どうしよう。そう思っていたら、その涙をハルが拭ってくれた。
「レイ……」
「ずっと、ずっと待ってた……!でもハルはもう私のことなんて忘れちゃったのかなって」
涙とともに、これまで押し込めてきた感情が一気に溢れ出す。
ハルとの約束は希望の光だった。
その光があったからこそ、辛い日々を堪え忍んでこられた。
しかし最後には光は輝きを失い、ただ心の重石になってしまった。
「忘れたことなんてない!一日だってレイのことを忘れた日はなかった」
「……本当に?」
「ああ。ここでのことが終わったら、私がどれだけレイのことを想っていたのか嫌でも聞いてもらわないとな」
「あ……」
ハルとの再会で忘れていた。
今の私は断罪されるべき罪人。
そもそもあとでなんて言葉は存在しない。
「ハル、私……」
「大丈夫」
「でも」
「心配はいらない。だからどうか私を信じてくれないか?」
ハルの瞳や言葉から、強い決意が滲み出ているのが分かる。
「……分かったわ」
それならばもう一度彼を、ハルを信じてみよう。
私はその言葉に頷いた。
「テオハルト殿下、もうそろそろよろしいですか?」
おそらく私たちの会話は周囲には聞こえていないだろう。
何を話しているのか分からない。
その状況に、とうとう王太子殿下が痺れを切らしたようだ。
「ああ、もう大丈夫だ」
「そ、そうですか」
あからさまにホッとしたと顔に書いてある。
もしかしたら計画に支障が出るのではと、口には出さないが内心ドキドキしていたらしい。
「では衛兵、この女を」
「いや、待て」
「テ、テオハルト殿下?」
「念のためもう一度確認させてほしいのだが」
「あ、は、はい。なんでしょう?」
何とか笑顔を張り付けてはいるが、王太子殿下はだいぶ苛立っているように見受けられる。
さっさと私をこの場から排除したいのだろう。
「まずノスタルク公爵は彼女との養子縁組を解消した。間違いはないな?」
「……そうだよな、公爵」
「え、ええ。間違いありません」
ノスタルク公爵が首を縦に振る。
「それと国王陛下。王太子殿と彼女の婚約は破棄された。これも間違いないですね?」
「うむ。罪人を王太子妃にするわけにはいかぬからな」
国王もハルの言葉に肯定の意を示す。
そしてそれをしっかりと確認したハルは、フッと笑った。
「養子縁組は解消され、婚約も破棄された。……これで彼女を縛るものはなくなった」
「テオハルト殿下?それは一体どういう意味で……」
発言の真意が分からず、王太子殿下は戸惑っている。
国王も公爵もそう。
かくいう私もハルの言葉の真意は分からない。
でも信じると決めた。
だから私はもう迷わない。
「私はこの場でランカ帝国第二皇子として宣言しよう」
ハルは手を上げ、そして宣言した。
「彼女は本物の『祝福の一族』、マリアント公爵家の令嬢である!この宣言に偽りがないことを国の名に懸けて誓う!」




