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卒業パーティーは、学園内にあるホールで行われる。
会場に着いた私はベラの手を借り、馬車から降りた。
なんとか間に合ったが、もしあの馬車だったら間に合わなかっただろう。
ただ時間ギリギリなせいか、会場の外には参加者らしき人の姿は見当たらない。
おそらくすでにみな入場を終えている。
ここで着いたからと安心している場合ではない。
私は急ぎ入り口へと向かった。
「ミレイア・ノスタルク様のご入場です」
フットマンが入場者の名を告げる。
その声に、会場にいた者たちが一斉に私を見た。
これだけは何回経験しても慣れない。
嘲笑、好奇、憐憫……様々な視線が私を射貫く。
しかしここで視線を下げるわけにはいかないと、姿勢を正し胸を張って歩く。
ただエスコートしてくれる人がいないので、一人で入場しなければならないが。
『またお一人よ』
『私なら恥ずかしくて耐えられないわ』
『二人の仲を引き裂く悪女め!』
いつもならこう言われるはず。
ここぞとばかりに、悪意ある言葉を投げつけられる。
ドレスが流行遅れだと笑われるのもいつものこと。しかし、
(あれ……?)
それがどうしてだか、今日は一切聞こえてこない。
いつもとそう変わらない状況だというのに、どうしてだろう。
そう不思議に思っていると、周囲から聞き慣れない言葉が聞こえてきた。
「あれがあの悪女?」
「嘘でしょ……」
「なんて素敵なドレスなのかしら」
聞こえてきたのはいつもの嘲笑ではなく、戸惑いと驚き、そして感嘆の声だった。
(……このドレスのおかげね)
それに化粧も髪型もいつもと違うから。
たしかにこのドレスも靴もすべてが素敵だ。
サイズもぴったりで、まるで私だけのために作られたかのよう。
私自身もこのドレスのおかげで胸を張って、堂々と歩くことができている。
ただ私自身は何も変わっていない。
それなのにここまで周囲の反応が違うものなのかと、なんとも言えない気持ちになった。
入場を終えたあともチラチラと視線は向けられるが、誰かが寄ってくるわけでも話しかけてくるでもない。
この状況、なんだか落ち着かない。
そうして少しの間一人壁際で居心地悪くしていると、最後の入場者たちを告げる声が響いた。
「王太子殿下ならびに、リリアン・ノスタルク様のご入場です」
最初はリリアンをエスコートした王太子殿下が入場してきた。
リリアンのいる場所。そこが本来婚約者である私がいるべき場所。
けれど誰もその場所に、私が立つことを望んではいない。
私は遠くから二人の姿を眺めることしかできなかった。
「ランカ帝国第二皇子殿下のご入場です」
次に入場してきたのはテオハルト様だ。
会場に見当たらないなと思っていたが、彼の立場を考えれば当然か。
いくらこの国に留学生として来たからといって、ただの一生徒として扱うわけにはいかない。
テオハルト様はランカ帝国の皇子だ。当然国賓待遇が求められる。
(テオハルト様……)
毎日隣にいたはずなのに、こうして離れた場所から改めて彼を見ると、これまでの日々がすべて幻ではなかったのかと思えるほど。
彼が本当にハルなのかは分からない。でも私たちの立場には明確な差がある。
彼を想うなどもってのほか。
ただそうは分かっているのに、なぜだか胸が苦しくなる。
「国王陛下ならびに王妃陛下のご入場です」
そして最後に国王と王妃が入場した。
これで参加者は揃った。
まもなくパーティーが始まるだろう。
そう思ったのだが、いくら待っても乾杯用のグラスが配られない。
そのことに気づいた参加者たちから、戸惑いの声が上がり始める。
「静粛に」
しかしそれを待っていたかのように国王が口を開くと、会場はしんと静まった。
「今日はよく集まってくれた。これより卒業パーティーを始めたいところなのだが、始める前に皆に伝えなければならないことがある」
(ああ……今から始まるのね)
このパーティーで必ず何かが起こることは分かっていた。
突然の発表に、自身の身体が強ばったのが分かる。
「王太子よ、前へ」
「はい、陛下」
国王の言う伝えなければならないこと。
これは十中八九、王太子殿下の婚約についてだろう。
私との婚約を破棄し、リリアンと新たに婚約を結ぶ。
それをここで発表するつもりなのだ。
しかし国賓であるテオハルト様もいらっしゃる中で、国の恥ともなる婚約破棄を行う理由はなんなのだろうか。
婚約破棄は褒められた行為ではない。
行うにしても、人の目は最低限の場所で行うべきだ。
決してこのような場ですることではない。
あまりに無茶な理由で婚約を破棄をすれば、メノス王国の国際的評価が一気に地に堕ちることになる。
その危険性を王家は理解しているの?
理解していないのか、それとも納得させるだけの理由があるのか。
王太子殿下はリリアンを伴い、舞台の真ん中に立った。
「皆のものよく集まった!今日このパーティーは、卒業を祝うめでたいもの。私も参加できたことを嬉しく思う」
始まりはパーティーの開催を喜ぶ言葉。
しかし次からは違った。
「しかしだ。この祝いの場にふさわしくない人間が混ざっていることが残念でならない。しかもその人間は罪人である!」
罪人。
その言葉に会場がざわついた。
まさかパーティーに、そんな人間が入り込んでいるなんてと。
何かしら言いがかりをつけられることは予想していた。
けれどまさかそれが罪人だなんて……
「よって私は王太子としてこの場で罪人の罪を明らかにしなければならない」
「っ……」
私は気づいてしまった。これは婚約破棄だけで終わりではないことに。
言い知れぬ不安が私を襲う。
罪とは一体何なのか。私はこれからどうなってしまうのか。
「ミレイア・ノスタルク!前に出てこい!」




