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「……こんな素晴らしいものを私なんかが受け取るわけにはいきません。……それにまだ婚約者のいる身ですし……」
「迷惑なのは分かっている。でもどうしても受け取ってほしいんだ」
「ですが」
「……この贈り物はね、私だけではなく他の人たちからの贈り物でもあるんだ。今はまだ名前を明かすことはできない。けれどその人たちもどうかミレイア嬢に受け取って欲しい、そうおっしゃっていたよ」
テオハルト様が私の手をとる。優しくて温かい大きな手。
なぜ?その想いが溢れそうになる。
私に優しくしても得することなんてない。
むしろ損しかしないだろう。
けれど彼はそんなこと関係ないと言わんばかりに、優しくしてくれる。
その優しさに私は救われていた。でもそれは理由を知らなかったから。
優しくしてくれる理由を知るのが怖かった。
知ってしまえば、この優しさがなくなってしまうのではと思ったから。
だから彼の優しさに甘えた。彼がそれをよしとしてくれたから。
でももう知らないふりはできない。
彼とさよならをする今日、この淡い気持ちにも終わりを告げなければいけない。
「………どうして」
「え?」
「どうしてあなたは私に優しくしてくださるのですか?」
今まで口に出せなかった疑問。
今聞かなければ、もう二度と聞くことは出来ないだろう。
どんな答えが返ってくるのかは分からない。
でも私はどんな答えでも受け入れよう。そう覚悟を決めた。
テオハルト様の返事を待つ。
そして少しして、彼は口を開いた。
「……約束したから」
「約束……?」
「ああ。『レイ』を必ず迎えに行くってね」
「っ!」
私のことをレイと呼ぶのは、あとにも先にもただ一人だけ。
でもその人は私との約束なんてとうに忘れて……
「ミレイア嬢。私はいつだって『レイ』の味方だ。……それじゃあ会場で会おう。ベラ頼んだよ」
「かしこまりました」
そう言ってテオハルト様は部屋を出ていった。
そのあとの私は、ベラにされるがまま。
気づけば贈られたドレスに着替えさせられていた。
けれど私はそれどころではない。
テオハルト様の言葉が気になって、他のことは何も考えられなった。
(あなたは本当にハルなの……?ねぇ……)
「……様、お嬢様!」
「っ!あ……ご、ごめんなさい」
「いえ私の方こそ大きな声でお呼びして申し訳ございませんでした。準備が終わりましたのでご確認をお願いします」
ベラが声をかけてくれなければ、私はまだ思考の海に沈んだままだっただろう。
彼女には悪いことをしてしまった。
それに考え事をしているうちに、髪のセットも化粧も終わっていたようだ。
この部屋に鏡はない。
けれどそれも用意してくれたのだろう。
ベラにうながされ、鏡の前に立った。
「……これが私?」
「はい。とてもお綺麗です」
鏡に映る私は、まるで私ではないようだった。
ドレスが動く度に、刺繍がキラキラ輝いているように見える。
それにたまたまなのか、このドレスはホルターネックのデザイン。
これならペンダントを着けたままでも大丈夫そうだ。
首もとには上品なダイヤモンドが煌めき、靴もドレスによく合っている。
髪は緩く一つに編まれ、メイクは私を普段より大人っぽく見せてくれている。
「お嬢様、そろそろ参りましょう」
「でもあの馬車じゃ」
公爵が用意したあの馬車では、無事に会場までたどり着けるか分からない。
しかしベラは、なんてこともないように言った。
「馬車はこちらで用意してありますので心配はいりません」
「……分かったわ」
テオハルト様はどこまで先を見通しているのだろう。
馬車まで用意してくれているなんて。
『いつだってレイの味方だ』
先ほどの言葉を思い出す。
できることなら卒業パーティーに行きたくない。
パーティー会場に味方はいないだろう。
嘲笑の的にされるのは目に見えている。
(……いえ、違うわね)
そうだ。私には心強い味方がいる。
彼が本当は何者なのか分からない。
聞きたいこともたくさんある。
もしも。
もしも、この世界に神がいるというのなら、どうかもう一度――
何かが起こるであろう卒業パーティー。
私は胸に大きな不安と小さな希望を抱き、馬車に乗り込んだのだった。




