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「ああ。今少しいいだろうか」
部屋への訪問者は、なんとテオハルト様だった。
それなら先ほどの馬車は、公爵家への来客ではなくテオハルト様が乗っていたことになる。
けれどなぜ。なぜ彼がここにいるのだろうか。
彼もパーティーの準備があるはずなのに。
「はい……っ」
急いで扉を開け、そしてドキリとした。
なぜなら目の前にはランカ帝国の正装なのか、いつもの制服姿とは違うテオハルト様の姿があったから。
「突然来てすまない」
「い、いえ。ですがどうしてここに?パーティーの準備で忙しいはずでは……」
「ああ。実はミレイア嬢に渡したいものがあってね」
「渡したいもの……?」
忙しいのにもかかわらず、わざわざここに来てまで渡したいものとは一体なんだろうか。
「侍女を部屋に入れても?」
「も、もちろんです」
「ありがとう。……入ってくれ」
そう言うと、一人の侍女がたくさんの箱を抱え部屋へと入ってきた。
箱は侍女の頭の高さまで積み重なっており、顔は見えない。
「あの、これは……」
「これは私たちからミレイア嬢への贈り物だ。どうか受け取って欲しい」
(私たち?)
たしかにテオハルト様はそう言った。
テオハルト様一人を指すのであれば『私』だ。
『私たち』であれば複数の人を指す。
だけど私には『私たち』の心当たりが全くない。
「ベラ、箱を」
「はい」
箱を置くように指示をすると、侍女は箱を床へと降ろした。
そしてこれまで箱で隠れていた顔が顕になり……
「えっ……あ、あなた……」
この侍女には見覚えがある。
ベラと呼ばれた侍女。
彼女はつい先日までこの屋敷で働いていたアンナだ。
彼女が私の部屋をノックしてくれていた唯一のメイド。
そんな彼女を見間違うわけがない。
「どうしてあなたが……」
「驚かせてしまい申し訳ございません」
アンナ、いやベラか。彼女は深々と頭を下げた。
驚いたのはたしかだ。でも謝る必要などない。
テオハルト様のそばに仕えている。
それだけで何か事情があったのだと理解できるから。
「……ベラ、頭を上げて。あなたが謝ることはなにもないわ」
「お嬢様……」
「ミレイア嬢すまない。これには事情があるんだ。今はあまり時間がないから話せないけど、パーティーの後必ず話すと約束する。だから……」
真剣な眼差しで私を見るテオハルト様。
彼がここまで言うのだ。今はそれを受け入れよう。
ただ卒業パーティーの後に、彼と話をする時間が残されているかは分からないが。
「……分かりました。今は何も聞きません」
「ありがとう。では箱を」
「かしこまりました」
「これは……」
ベラが箱を開けると、その中身はなんとドレスだった。
品の良い緑色の生地に、銀糸で繊細な刺繍が施されている。
一目見ただけで、このドレスが高級品だと分かる。
それだけじゃない。
他の箱には靴に手袋、ネックレスにイヤリングが入っていたが、どれもこれもこの公爵家で目にしたことがないような高価なもの。
あまりの代物に目眩がしそうだ。
「これをミレイア嬢に受け取ってほしいんだ」
テオハルト様はそう言うが、これらはすべて私の身に余るもの。
私なんかが受け取っては、ドレスも靴もかわいそうだ。
それにまもなく婚約は破棄されるとはいえ、今はまだ王太子殿下の婚約者。
いくらテオハルト様の頼みでも、断らなければ。




