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「もしご存じでしたら、どんな些細なことでも構いません。どうか教えてくださいませんか?」
「……」
しかしテオハルト様は黙ったまま。
この沈黙は肯定ではない。否定だ。
私に教えることは何もないという、明確な否定。
どうやらこれ以上、私は望む答えを手に入れることができないようだ。
「……申し訳ございません。今のは聞かなかったことに」
残念だがこれで時間切れに……
「違うんだ」
「え?」
「答えたくないわけじゃない。……ただミレイア嬢の口からその名が出るとは思わなくて、少し驚いてしまったんだ」
驚く……なぜ?
「……どうしてですか?」
「一族について知る者はあまり多くない。彼らはその能力ゆえ、様々な人間から狙われる可能性が高くてね。今は帝国内でも彼らの情報は公にされていないんだ」
この本の外装はずいぶんと色褪せている。おそらく相当古いものだ。
だから一族について書かれたページがあったのだろうと、テオハルト様は言った。
「そうなんですね」
「ああ」
そういった事情があるのなら仕方がない。
これ以上は諦めるしかなさそうだ。
「教えてくれてありがとうございます。それじゃあそろそろ教室に」
教室に戻ろう。そう思い立ち上がったその時。
「ミレイア嬢」
彼が私の手を掴んだ。
「テオハルト様?」
「……ミレイア嬢は、その一族の何を知りたいんだい?」
「えっ……それは……」
テオハルト様は何かを知っている。
けれど帝国内でも公にされていないと聞いてしまった。
そんな私に聞けることなんてあるわけ……
「君には知る権利がある」
「……知る権利?」
「ああ。だから知りたいことは遠慮せず何でも聞いてほしい。もちろん聞いたからといって罰せられることもないから心配しないで」
そう言うテオハルト様は、いつもと変わらぬ優しい表情で。
ただ違うのはその金色の瞳に焦燥、切なさ……そんな不安定な感情が窺えたこと。
「いいのですか?」
「ああ」
知る権利とは何なのかは分からない。
それにもし知ったとしても、何かが変わるわけでもない。
けれど知りたい。
この胸のざわつきは、その答えを求めているから。
「……本に書いてありました。『祝福の一族』には身体的特徴があると。一つは輝く銀の髪、そしてもう一つは新緑の瞳」
「……」
「それは本当なのでしょうか?」
本に嘘が書かれているとは思っていない。
けれど一族を知る者の、確証がほしい。
もしもこれが事実であるのなら、私に一つの可能性が生まれる。
知りたい。一体私は何者なのか。
「本当だ。彼らはみな同じ色を持って生まれてくる」
「!」
一つの可能性。
それは私の両親が、この国の人間じゃなかったという可能性。
赤子の頃に商人に拾われた私は、当然両親のことをなにも知らない。
知らないからこそ憎いとも思わないし、寂しいとも思わなかった。
けれど成長するにつれ、気になっていった。
私の両親はどんな人だったのだろうと。
髪や瞳の色といった身体的特徴は、血筋によるもの。
それなら私の両親のどちらかは、銀色に似た灰色の髪と、緑色の瞳を持っていたことになる。
緑の瞳はこの国でも見かける。けれど銀色に似た灰色の髪は見たことがない。
「そうなんですね……」
知ったところで両親に会えるわけではない。
けれど自分がどんな人間だったのか一つでも知ることができれば、これからの生きる力になると思ったのだ。
「……ねぇミレイア嬢」
「っ、はい」
「私も一つ聞いてもいいかな?」
「……はい」
「どうしてその質問をしようと思ったんだい?」
当然の質問だ。
まったく無関係の私が、こんな質問をするのはおかしい。
帝国に対して何か邪な感情を抱いているのではと疑われても仕方がないだろう。
「……テオハルト様もご存じだと思いますが、私はノスタルク公爵家の養子なんです」
私は自らの身の上をテオハルト様に話した。
誇れるものなど何もない、惨めな人生。
できるならば話したくはない過去。
けれど彼は答える必要などない問いに、誠実に答えてくれた。
だから私も彼に対して誠実でありたい。




