14 テオハルト
帝国へ帰還して一年。
本当はもう少し早く迎えに行きたかったが、私自身二年もの間国を開けていたこともあって、諸々の手続きを終えるのに時間がかかってしまった。
ちゃんとご飯は食べているのか、ちゃんと寝むれてるのか、寂しい思いをしていないか……
別れた日から彼女を想わない日はなかった。
でもそんな日々も今日で終わりだ。
ようやく彼女を迎えに行くことができる。
そう意気揚々と私はあの孤児院へと向かった。
しかしそこで予想もしていなかった現実を知ることになる。
「……いないだと?」
彼女はすでに引き取られた後だったのだ。
彼女を誰にも引き取らせないようにと孤児院長に金を握らせた。
けれどどうせ迎えになど来ないと、孤児院はノスタルク公爵から多額の金を受け取り、彼女を引き渡してしまったのだ。
いかに自分の考えが甘かったかを痛感させられたと同時に、己に腹が立った。
たしかに金を渡した際、身分は明かさなかった。
それでも帝国の人間だと言えば大丈夫だと、なんの根拠もなしに思っていたのだ。
相手が王族や貴族、商人であれば、私の考えも通用しただろう。
ただ今回の相手は、小さな町の孤児院の院長。
当然院長も帝国が強大な国だとは知っていた。でもそれだけ。
それ以上でもなければ、それ以下でもない。
だから帝国の人間だと伝えても、その約束を守らなければどうなるかなど想像もできなかったのだ。
そんな中で自国の公爵が大金を積んでまで子どもを引き取りたいと申し出れば、院長に断る理由などない。
彼女が引き取られたのは、私が迎えに来るたった数ヶ月前のこと。
あの時連れ帰っていればこんなことにはならなかったのだ。
すぐに連れ戻そう、そう思ったがこちらも相手が悪かった。
いくら私が帝国の皇子であっても、ここはメノス王国。
そして彼女を引き取ったのは、この国の貴族、ノスタルク公爵だ。
孤児院から孤児を引き取ることは、犯罪でもなんでもない。むしろ貴族の義務【ノブリス・オブリージュ】だと称賛される。
それを無理矢理力ずくで連れ戻そうとすれば、非難されるのはこちらだ。
院長は理由までは知らないと言っていたが、公爵はどうしても彼女がいいと強く望んでいたらしい。
恐らくノスタルク公爵は、どこかで祝福の一族のことを知り、そしてタイミング悪く、ペンダントを渡す前の彼女の姿を見た。
そして彼女を……
納得したくはないが、それなら辻褄が合う。
むしろそうでもなければ、わざわざ大金を払ってまで孤児を引き取る理由がない。
悔しいがこの時の私にできたことは、ノスタルク公爵家に自分の息がかかった者を潜り込ませることくらい。
あとはどうか無事でいてほしいと願うことしかできなかった。
◇
そんな己の不甲斐なさに打ちのめされようとも、日々は続いていく。
屋敷に潜らせていた者から定期的に報告が届いていた。
今のところ彼女に危害が加えられたことはない。
生活もきちんと保証され、公爵令嬢としての教育も受けているという。
端から見ればきちんと育てられていると言えるだろう。
ただ気になる点はある。
それは公爵家の人間が、いまだに彼女を受け入れていないということ。
公爵はあれだけ望んだというのに彼女に関心を示さず、公爵夫人も教育は施すもそれだけ。
息子と娘に至っては優秀な彼女を妬んでいる節もある。
今はまだいい。
でもいつかふと何かの拍子に今の均衡が崩れることがあれば、それは間違いなく彼女に大きな影響を与えるはず。
そう思うと不安で仕方なかった。
そしてその予想は、残念なことに当たってしまう。
「婚約だと……?」
それからしばらく経ち、私が一三歳の時にその信じられないような報告が届いた。
彼女がメノス王国の王太子と婚約したというのだ。
理解できなかった。
王家と縁を結びたいのであれば、それは彼女である必要はない。
ノスタルク公爵にはリリアンという実の娘がいる。
歳だって王太子と一つしか変わらない。
それなら実の娘を婚約者として宛がえばいいものを、なぜか彼女が婚約者になってしまったのだ。
考えられるのは、彼女が祝福の一族だから。
公爵が権力を得るために彼女を差し出したのか、それとも王家から彼女を望んだのかは分からない。
けれどこの婚約を機に、彼女を取り巻く環境が悪くなっていった。
そのすべては娘のリリアンが画策したもの。
原因は嫉妬だ。
王太子と婚約した彼女が気に入らなかったのだろう。
けれどその婚約は父である公爵が決めたこと。
それなのに公爵は、娘によって虐げられている彼女を放置し続けた。
その報告を聞いた時、私は自分を恥じた。
彼女と共に帝国の地に戻ること。
それが己の願いであり、己に課した使命である。
けれど心の奥の奥。
そこにひっそりと、でもたしかな形として存在している想いがあって。
もしかしたら彼女は公爵家に引き取られて幸せなのかもしれない。
迎えに行ったとしても、約束を守らない人とは一緒に行きたくないと拒絶されるかもしれない……
そんな情けない想いを抱いていたのだ。
実際約束も守れず、帝国で与えられた生活を享受している自分……ひどく情けなく思えた。
でも、それでも。
私は彼女と共に生きていきたいのだ。
それならばこうしている一人、己の不甲斐なさを恥じている場合ではない。
動き出さなければ。
そして必ず、彼女をいるべき場所へと。
◇
そうしてあの約束から八年後、ようやく彼女――レイに再会することができた。
ただ彼女はまだ、私と孤児院のハルが同一人物だとは気づいていない。
でもそれでいい。今正体を明かしても、まだ片付いていない問題がある。
その問題を片付け、彼女の名誉を取り戻してから堂々とこの国を出ていく。
そして帝国、いや、本当の家族のもとへ、彼女がいるべき場所へと連れて帰るのだ。
こちらの用意は既に整っている。
あとはこっちだけ。
でもそれもあとは時間の問題だろう。
王太子との婚約……これをどうにかしなければいけないのだが、どうやら王家とノスタルク公爵家の間で、婚約破棄を計画しているとの報告が入った。
婚約解消ではなく婚約破棄。
おそらくいつまでたっても祝福を与える兆しがないことから、彼女を偽物と判断したのだろう。
彼女に何らかの罪を着せ、婚約破棄をする。
そして彼女の後釜に実の娘を据える。
ただ王太子も公爵の娘も頭が悪い。
だから婚約破棄をしたあとも、これまでのように彼女に仕事を押しつけ、自分たちは甘い汁を吸うつもりだ。
だけどそんなことはさせない。
何があっても彼女を守ってみせる。
今度こそ絶対に。




