第6話
8月15日。
10年に一度執り行われるとされる『鎮魂奉納祭』の当日の夜は、昼間の猛暑が嘘のように、骨まで凍てつかせる冷ややかな湿気に包まれていた。
昼過ぎから降り始めた激しい夕立は、宵の口には重苦しい霧雨へと変わり、神喰村を取り囲む深い杉林を濃い霧で包み込んでいた。アスファルトの途切れた未舗装の境内には黒いぬかるみが広がり、足を踏み入れるたびに足首まで沈み込むような、底なしの気味悪さがあった。
「社長、予定時間の15分前だよ。拝殿周辺の監視、村人たちの動きに異常はない・・・と言いたいところだけど、気味が悪いくらい静かすぎるわ。」
拝殿から少し離れた巨木の陰で、水無瀬が小型の通信デバイスを握りしめながら低く囁いた。彼女の着ているレインジャケットには、昼間に仕掛けた広域の盗聴・生体反応センサーのモニタリングデータが小さく点滅している。
「村人はどこへ行った?」
「村落の各民家に散らばったまま動かないわ。赤外線カメラの反応を見る限り、どの家も照明を落とし、身を潜めている。まるで何かの合図を待って、呼吸すら殺してじっとしているみたい。」
俺は、湿気で額に張り付いた前髪を雑に押し上げながら、眼前に佇む拝殿を睨みつけた。
御山神社の拝殿は、何百年の星霜を経て黒ずんだ巨大な木造建築だ。柱にはいくつもの亀裂が走り、屋根の茅葺きには苔が生い茂っている。正面に掲げられた注連縄は、前回確認した通り左右が逆に結ばれ、真っ黒に染められた異様な黒紙垂が、夜風に揺れて重い水滴を散らしていた。そして、その拝殿の回廊の中央に、白石ひより、村長、数人の男衆が立っていた。
彼女は、村の伝統である黒の装束を纏い、背筋をピンと伸ばして佇んでいた。
村長達は、拝殿の扉や内部を確認するため、先に中へ入って行った。
「ひよりちゃん。」
俺は濡れた土を踏みしめ、足音を殺して回廊へ近づき、低く声をかけた。
彼女がゆっくりと振り返る。照明のない境内で、彼女の横顔は蒼白く光っているように見えた。その姿には、昨日昼間に見せていた怯えや焦燥感はなく、澄み切った凛とした姿勢と、何か大きな腹をくくったような、静かな覚悟が見て取れた。
「九条さん、水無瀬さん・・・本当に、ここまで付き合ってくださってありがとうございました。ここまで近づかれると、周りの村人に気付かれる可能性があります。もう、戻ってください。」
ひよりの短く途切れがちな声が、雨音の隙間を縫って届く。
「何言ってるんですか。俺達はあなたの『身の安全の確保とエスコート』の依頼を受けた便利屋です。ひよりちゃんを1人でこんな気味の悪い場所に置くわけがないでしょう。」
「いいえ・・・。ここからは、拝殿の巫女・・・いえ、『生贄』として選ばれた者しか入ることを許されない領域なんです。村の掟を破れば、お二人にまで迷惑がかかってしまいます。これ以上は、ダメなんです。無事に戻りますから、何かあった時は頼みますよ。」
彼女は小さく首を振ると、拝殿の重厚な引き戸に細い手をかけた。
「ひよりちゃん、待ちなさい!」
水無瀬の声が小型通信デバイスから聞こえてくる。俺は機械から流れる音声を白石に聞こえるように、音量を上げた。
「ひよりちゃん、いい? 科捜研時代に散々見てきたのよ。こういう絶対のルールを盾にするカルトや閉鎖集落は、理屈じゃない暴力を平気で振るってくる。私たちが外から監視カメラと音声でログを取る。少しでも異変があったら、即座に扉を壊して突入するから!」
ひよりは、そんな水無瀬の強い言葉に静かに微笑んだ。その笑顔は、どこか遠くの景色を見つめるように哀しかった。
「ありがとう、水無瀬さん、九条さん。もし、私が戻ってこなかったら、私のカバンの中を見てください。私からの依頼料の補足が入っていますから。」
「おーい、縁起でもないことを言うなよ。」
俺の制止を振り切るように、白石はゆっくりと拝殿の中へと足を踏み入れ、内側から重い木製の引き戸を滑らせた。
——ガラガラガラ・・・バタン
重厚な木の音が響き、続いて内側から「ガチャリ」と、時代がかった金属製の閂が下りる重い音が響いた。
静寂が戻る。
残されたのは、降りしきる雨音と、濡れた杉林を揺らす不気味な風の音だけだった。
「社長、時計をスタートさせたわ。拝殿内の集音マイク、感度良好。生体反応、心拍数110回/分。ひよりちゃんの脈拍数は高めだけど、意識ははっきりしてるわね。」
水無瀬がタブレット端末の画面を見つめながら素早く指示を出す。
「社長は裏手に回って。私は正面の階段下で待機。通信は繋ぎっぱなしにする。・・・少しでも怪しい音がしたら、一気に行くわよ」
「了解だ。」
俺は拝殿の側面に回り、泥を蹴って裏手へと走った。
神社の裏手はすぐに切り立った断崖と、不気味な風穴の入り口へと繋がっている。拝殿の格子窓からは中を窺うことはできない。内側から分厚い板戸が隙間なく打ち付けられている。
完全に閉じられた構造。逃げ場のない「箱」の中。
3分が経過した。
マイクから拾われる音は、ひよりの小さく荒い呼吸音と、彼女の衣擦れの音だけだったが、耳をよく澄ませると、何か会話が聞こえてきた。
「ひよりよ。よくぞ約束通り村に戻り、今日という日を迎えた。これで、村はまた10年先まで安泰だ。お前を村の誇りに思うぞ・・・。それでは、鎮魂の儀をはじめよう・・・。」
5分が経過した。
「社長、拝殿の外囲に配置した赤外線センサーにノイズが入ってるわ。・・・待って、村人たちが動き出している。全員、各民家から出てきて遠巻きに境内の周りを取り囲み始めたわ。」
水無瀬の声のトーンがぐっと低くなった。
「誰も声を出さない。傘すらささず、ただ激しい雨の中にじっと突っ立って、生気のない死んだ目で拝殿を見つめているわ。気味が悪いなんてもんじゃない。感情がすっぽり抜け落ちた人形の群れよ。」
「・・・逃げ道を塞ぐ気か。白石を中に閉じ込めた上で、俺たちが余計な真似をしないよう監視しているわけか。」
俺は濡れた髪から滴る雨水を拭いもせず、腰のポケットに忍ばせた折りたたみ式の特殊警棒の感触を確かめた。
「なあ水無瀬。さっきお前が言ってた絶対のルールを盾にする集団の話だが・・・。」
「・・・ええ。科捜研時代に担当した、山奥の未承認宗教団体の事件を思い出していたの。彼らは外部の法や倫理を一切拒絶し、自分たちだけの教理を正義だと信じ込んでいた。潜入した捜査員が発見されたとき、村人全員が笑顔で作業のように暴力を振るっていたわ。罪悪感なんて微塵もない。自分たちの社会を守るための掃除だと本気で思っているからよ。今のこの村の空気、あの時と全く同じ感じがするわ。」
「胸糞悪いな・・・。だが、俺達の仕事は奴らの狂気に付き合うことじゃない。依頼人を無事に連れ出してさっさと帰宅しよう。
10分が経過した。
「・・・水無瀬、何か変化は?」
「ううん、バイタルに異常なし。ただ、彼女は拝殿の中央、鏡が祀られていると思われる神座の前でじっと正座しているみたい。微動だにしないわ。何か村長達の声がかすかに聞こえるけど、声が小さいし、ノイズが入ってよく分からないわ。」
『ひ・・・より・・・。それ・・・あとで・・・先にむかっ・・・』
そして、15分が経過したその瞬間——。
ズズズズズズズズ……ッ!!
突如として、大気を直震させるような地鳴りのような重低音が響き渡った。
それは、金属と巨大な木材が激しく擦れ合うような、冷たく不快な機械音だった。
「な、何だ今の音!? 水無瀬、ひよりちゃんの反応は!?」
「嘘・・・っ!? 生体波形が急速に減衰してる! 集音マイクに激しい風切り音と・・・何かが崩落するような音が波及してる! 私は正面に向かうわ!』
「ひよりちゃん!!」
俺は裏手から正面へ跳びだし、拝殿の引き戸へ肩から全力で何度もぶち当たった。
ドンッ! という激しい衝撃が肩骨に走り、腕が痺れる。しかし引き戸はびくともしない。内側から強固な閂がしっかりと噛み合っている。
「社長! これ使って!」
水無瀬が叫びながら、カバンから取り出した油圧式の小型バールを俺に渡してきた。俺はすかさず、扉の隙間にバールをねじ込んだ。
テコの原理で強力な油圧が加わり、ギギギ……と古い木枠が悲鳴をあげる。
———ベキキキッ!!
爆音とともに閂の受け金具が弾け飛び、引き戸が勢いよく跳ね開いた。
俺たちは雨の降る境内から、薄暗い拝殿の内部へと躍り出た。
「ひよりちゃん!!」
懐中電灯の強烈な白光が、拝殿の広間を激しく照らし出す。しかし——そこには、誰もいなかった。
畳が敷き詰められた静かな広間。天井からは何百年も前のものと思われる古びた神具が吊り下げられ、正面には巨大な丸鏡が据えられている。出入り口は俺たちが破った正面の扉のみ。すべての格子窓は内側から固く木枠が打ち付けられており、人が通り抜けられるような隙間は一つとして存在しない。
完全なる『密室』。
「そんな・・・バカな・・・! わずか数分前のことよ!? どこへ消えたの!?」
水無瀬が蒼白な顔でタブレットの生体反応ログを見つめる。画面上の白石を示す光点は、拝殿の中央で途切れ、そのまま「圏外」を示すノイズへと変わっていた。
「上か? 天井裏か?」
俺はライトの光を天井の太い梁へ向けた。しかし、分厚く埃の積もった梁に人が登ったような痕跡はどこにもない。
「違う! 社長、下よ! 畳の色が違うわ!」
水無瀬が叫び、拝殿の中央、鏡の直前に敷かれた大きな畳へと駆け寄った。俺はバールの先端を畳の隙間に差し込み、一気に持ち上げる。
——ガコンッ!!
畳が裏返った瞬間、カビと湿気、そして・・・どこか甘ったるく、吐き気を催すような薬品の異臭が、激しい冷風とともに吹き出してきた。
「これは・・・?」
畳の下に広がっていたのは、板張りではなく、巨大な漆黒の穴だった。直径約二メートル。そこには、滑車と歯車、巨大な鋳鉄製のワイヤーによって吊り下げられた『木製の昇降機』の枠組みが存在していた。
古く、しかし極めて精密に組み上げられた伝統的なカラクリ構造。滑車に刻まれた銘には江戸時代末期から明治期と思われる年号がかすかに読み取れた。重りと水力、そして隠された現代的な電動モーターを併用し、拝殿の床ごと人間を垂直に地下へと引きずり下ろす惨い仕掛け。
「消失のカラクリか・・・。神隠しなんかじゃない。ただの物理的な地下への連れ去りだ。」
俺は穴の縁に膝をつき、暗黒の底へとライトの光を向けた。光は届かない。深さは10m、あるいは20m以上か。
穴の側面には、濡れた岩肌と、滑車を支える太い鉄骨が垂直に伸びている。
「水無瀬、ひよりちゃんはたぶんこの下だ。」
「待って、この匂い・・・ただの洞窟じゃないわ。」
水無瀬が鼻をひくつかせ、険しい表情で穴の底を睨みつけた。
「アヘン・・・ううん、高純度のモルヒネ精製時に出る独特の酸性臭と、有機溶剤の匂い。それに、何かの腐敗臭が混ざってる。社長、この下に存在するのは・・・とりあえず神の仕業なんかじゃないと思うわ。なるべく、この空気を吸い込まない方がいい。カバンの中に防毒性能のあるマスクが入っているから、それを付けて行きましょう。」
俺は腰のホルスターから、防犯用の催涙スプレーと、便利屋の業務で使う高輝度シグナルライトを取り出した。カバンから防毒マスクを2個取り出し、1個を水無瀬に渡す。
「よし、行こう。ひよりちゃんが連れ去られてから、まだ1分も経っていない。追いつける。」
「もちろんよ。」
俺たちは、漆黒の穴の縁に設置されていた非常用のワイヤー梯子を掴み、不気味な冷風が吹き荒れる地下洞窟へと身を躍らせた。
梯子を一歩ずつ降りていくにつれ、頭上の拝殿の気配は急速に遠のき、世界が暗黒と圧倒的な湿気へと塗りつぶされていく。
手すりの代わりとなるワイヤーは氷のように冷たく、赤錆と油の混ざった感触が手に伝わってきた。見上げると、拝殿の床に開いた穴が、遠く四角い光の破片のように小さくなっていく。
「社長、壁面を見て。この昇降機、何十年も前に作られたものだけじゃないわ。滑車の軸受けやワイヤーは近年新しく取り替えられている。定期的にメンテナンスされ、日常的に稼働しているわ。」
「ああ。神隠しの伝統とやらは、今も現在進行形で使われているツールってわけだな。」
梯子を降り切るにつれ、空気の変質が顕著になっていった。上の世界にあった雨や泥の匂いは消え去り、代わりに重く湿ったカビ臭が漂い出す。そして、梯子の最下層へ近づくにつれ、そのカビ臭を覆い隠すように、シンナーやアセトンのような鼻を突く有機溶剤の臭気が強烈になっていった。息を深く吸い込むと、防毒マスク越しでも喉の奥がピリピリと痺れるような刺激がある。
足がようやく固い岩肌に着地した。
そこは、削り出しの自然洞窟——『禁足地』と呼ばれる風穴の地下道だった。
頭上からはひっきりなしに冷たい水滴が滴り落ち、足元はドロドロとした黒い泥土に覆われている。空気は異常なほど重く、息を吸い込むたびに胸の奥がキリキリと痛むような独特の薬剤の臭気が鼻を突く。
「社長、足元に足跡があるわ。複数人・・・ひよりちゃんの足跡も確認できる。洞窟の奥へ続いているわ。足跡を追ってみましょう。」
水無瀬が懐中電灯で地面を照らす。靴底の深い溝が刻まれた大きな男ものの足跡と、ひよりの足跡、その足跡を消すように衣装の裾が擦れたような跡が、洞窟の奥へと続いている。
「走るぞ。」
俺たちは泥を跳ね上げながら、暗黒の地下道を疾走した。
曲がりくねった洞窟を進むにつれ、周囲の景観が異様な変貌を遂げていき始める。
自然の岩壁だった場所に、突如として無機質な『工業用パイプ』や『配線コード』が這い回り始めたのだ。岩肌には防水シートが張り巡らされ、天井には無数のLED作業灯が、不気味な青白光を放ちながら吊り下げられている。
「なんなの、これは・・・!? 村の禁足地の地下に、こんな近代的な設備が・・・!?」
水無瀬の悲鳴に近い声が洞窟に響く。
さらに奥へ進むと、洞窟は巨大なドーム状の大空間へと広がっていた。
そこにあった光景に、俺たちは完全に息を飲んだ。
「———嘘だろ・・・。」
眼前に広がる空間は、神社や村の歴史とは完全にかけ離れた、大規模な『薬物精製プラント』だった。
透明なビニールシートで区切られた巨大なクリーンルーム。
その中には、無数のガラス製フラスコ、巨大な遠心分離器、蒸留用パイプ、そして高純度のケシから採取されたと思われる乳白色の液体を満たした大型のステンレスドラム缶が所狭ましと並べられていた。
さらに異常だったのは、プラントの壁面に並べられた無数の育成棚だ。
そこには、怪しい紫色の紫外線を浴びてドロリと生い茂る、見たこともない『黒い特殊なキノコ』が大量に培養されていた。
「これ・・・幻覚性薬物、『サイケデリクス』の精製施設よ・・・!」
水無瀬が震える手でカメラを向け、レンズを固定する。
「高純度の植物性アルカロイドと、この特殊なキノコの成分を調合してる。こんな規模・・・個人や小さなカルトが作れるレベルじゃない! 数十億、いや数百億円単位の資金が動いている大規模な麻薬プラントよ!」
「なるほどね。鎮魂奉納祭・・・神に喰われ、神を喰らうの正体はこれか・・・。」
俺は拳を強く握りしめた。
村人たちが口にしていた「神の祟り」も、「23歳の女性が消える」という伝承も、すべてはこの地下プラントを外部から隠蔽し、不法侵入者を遠ざけるための『作り話』だったのか。
神の祟りを恐れさせ、村人を恐怖で支配し、禁足地として立ち入りを禁じる。そして——「23歳になった若者」を犠牲にする理由。
「社長、あそこを見て!」
水無瀬が指し示して叫んだ。
プラントの奥、作業スペースの一角に、頑丈な鉄格子で囲まれた『飼育小屋』のようなスペースが存在していた。
そこに座り込んでいたのは、破れたボロボロの作業着を身に纏い、光の入らない虚無の瞳で淡々と薬物の小分け作業を繰り返す、著しく衰弱した一人の女性の姿だった。
「あの顔・・・上条さんの自宅の仏壇に飾ってあった写真に似ているわ。10年前に消えたカヨさんの娘・・・サエさん!?」
「生きて・・・いたのか・・・。」
俺の背筋に冷たい汗が流れた。
俺の頭の中に1つの仮説が急激に膨らみ、脳を埋め尽くす。
この祭に選ばれた女性は消えたのではない。殺されたのでもない。
「神に選ばれた」と偽称して連れ去られた若者たちは、この光の届かない地下の底で、死ぬまで薬物を精製させられる奴隷として生かされていたのではないか。
10年間、太陽の光を一度も見ることなく。
言葉を奪われ、意識を薬物で混濁させられ、村の利益のために絞り尽くされる搾取の構造。23歳であれば、高校、大学を終え、社会へ羽ばたく時期だ。それまでの友人関係がリセットされても、社会人生活で忙しいのだと思われても不思議ではない。
「社長・・・、彼女、完全に精神が崩壊しているわ。自分が誰かも、外に太陽があることすら忘れさせられている。
「許せない・・・。」
俺の腹の底から、ドロリとした激しい怒りが湧き上がってきた。
「ひよりちゃんを探そう。 絶対に彼女をこの地獄に落とさせはしない。」
「社長、待って! 足跡はさらに奥・・・プラントの最奥にあるプレハブの管理室に向かってるわ!」
水無瀬が鋭い目で俺を見つめた。その眼光の先、照明の届かない影の中に、猟銃を背負い防護服を着た二人の男が、見張りのように巡回しているのが見えた。
「ここからはもう、本当に便利やの仕事の枠を超えてるわよ。相手は猟銃や殺傷能力のある武器を持っている。見つかったら絶対に消されるわ。」
「ふん・・・関係ないよ。」
俺は息を殺し、壁の物陰に身を滑り込ませた。
見張りの男が通り過ぎる一瞬の隙を見極め、音もなく背後へ忍び寄る。警戒の隙を突き、首筋の急所へと躊躇なく掌打を叩き込んだ。男は悲鳴をあげる暇もなく膝から崩れ落ち、その身体を地面に倒れる前に受け止めて影へと引きずり込んだ。
もう一人の見張りが不審に思い振り返りかけた瞬間、俺は腰から警棒を引き抜き、男の頭部へ一本打ち込んだ。男は一瞬で気絶しその場に倒れた。
「依頼人を無事に連れて帰る。それが俺たちの仕事だ。行くぞ、水無瀬。」
「さすが、元警視庁公安部の捜査官ね。頼もしいわ。」
俺たちはプラントの照明の影を潜り抜け、白石が連れ去られたであろう最奥の闇へと向かって、泥で汚れた足を踏み出した。




